過去の拍手置き場

□七夕2010
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空を覆う星。
街の明かりが邪魔をするけれど、主役の星達は輝きを失われてはいなかった。

「毎年、この日を待ちわびているのね」

上に顔を向けたまま、彼女はつぶやいた。
そのままベランダの手摺りに体の重みを預け、物思いにふけるように目を閉じた。

どうしても、今夜会いたい。
そう彰奈が言ったから俺はここにいる。

「七夕だからね」

本当は生身で来たかったけど、
よその家へ夜分に押し入るわけにはいかない。
俺は普段は極力やらない魂迫を飛ばして彼女の隣に立っている。
今はじい様のように魂のない体を守ってくれる神将達がいない分、どうしてもリスクが高くなるのだ。
俺がそんな術を使えることは秘密にしている。
だから、便利でも俺にはそう易々とは使えない。


……、出来るだけ本来の身体の温かさと質感を再現して、ピタッと側に寄り添った。
心が纏う造りモノの身体。

「本当に傍にいるみたいだわ」
「心がここにいるんだから、当たり前だよ」

俺がそう言うと
彼女は「そうね」と小さく笑った。
また空を見上げて、懐かしむように言う。

「なんだか随分ロマンチックなお祭りになったものね。
ホントのことを言うと、昔はあんまり好きじゃなかったのよ、このお祭り」

彰奈は静かに笑みを浮かべて俯き、指先を見つめてそんな告白をした。


「この時期になると昌浩がいつも忙しそうだったから。
私すごく……、心配してたの。
無理してるんじゃないかって。
だけどあなたは問いかける度に、大丈夫って答えるばっかりで……」
ちっとも大丈夫になんて見えないのに。
そう彼女は拗ねたように言う。

繕った見せかけの笑顔が彼女を思い煩わせていたこと。
見抜かれてしまうような下手な笑顔…。
俺はいつだってうまくやれていないのだ。

「ふふ、帰って早々にパタンって寝ちゃうんだから。
一緒にいる時間なんて全然なくって……。
年に一度だけ恋人と会える日、なんて嘘みたい。
今とはまるで違うわね」

彰奈は冗談めかして笑う。けれども、その目はどこか憂いがあった。
寂しい、そう感じさせていたのは俺だ。

「今夜は彰奈の気の済むまでいるよ」
息をつき、安心させるように言った。

「また無理して。
おいてけぼりの体が心配なんでしょう?」

心配……、だけど彼女の隣にいると決めたのは俺の意思なのに。
どんなときも暖かくて優しい目が諭すように見据えていた。

「私たちは織り姫でも彦星でもない。
だから、望めばいつだって会えるわ」

不意に背中に腕が回されて、抱きしめられた。
それに答えるように同じように彼女を抱きしめた。

薄着の夏服から伝わる体温がリアルで、胸が締め付けられそうになる。
華奢な胴回りは強く抱きすぎると折れてしまうんじゃないかと思った。
好きだと思う気持ちが内側から溢れて、息が出来ないくらい。


だけど、俺の偽りの身体で一体とれほどのものが共有できたのだろう。
彼女に好意を伝えることも安心させてあげることもできない。
そんな切なさが辛くて心臓がギュッと痛んだ。


ーーーわたしはあなたの心を抱きしめているのね

耳元で囁かれた言葉にはっとした。
そしてゆっくりと頷く。

俺はここにいる。

言葉では伝えられない気持ちをココロに託して、静かに目を閉じた。

知ってほしい、自分のことを。
知りたい、彰奈のことを。

織り姫でも彦星でもない自分たち。
いつでも会える。
なのに、どうしてこんなに切ないのかわからない。

失うことを知っているから、怖くてたまらないんだ。
今この時が二度と来なくて、愛しい、そう思う。

この星の下で、ただ抱きしめている彼女のことを想う。


それは二つの星が出会う話よりも、

ずっと意味のあることだった。


おわり
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