過去の拍手置き場

□彼岸のキセツに
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「それでね、学校の帰り道に赤い花がいっぱい咲いてたんだ。燃えてるみたいに赤いんだよ!」
「そうなんだ。それは、きっと綺麗だろうね……」

まだ暑さも残る夕暮れ。その夕焼けが彼の部屋も朱く照らしている。
枕元に置かれたテーブルにはガラスの水差しとコップがあった。
そこからは赤い透明な影が伸び、側にあった薬のゴミのアルミ部分が眩しく光を反射していた。
床には積みあがった本たち。そして、部屋の隅っこに居心地悪そうに彼の黒いランドセルが置いてあった。
そんなものたちに囲まれるようにして、彼はベットの上に座っている。

「昌は…、昌の今日は……どうだった? よくなった……?」 
じっと彼の顔を覗き込んでみても、あまりいい答えはなさそうで、俺は口に出して聞いてしまったことを後悔した。
浅い息をして、息苦しそうにしている彼。
だけど、彼自身はそれさえすでに慣れてしまっているかのように淡く微笑んだ。

「今日は、夢を見たよ」
「どんな?」
そう尋ねると、困った顔をしてしばらく目を伏せた彼はもう忘れてしまったと言った。
「そっか、俺も夢を見ていたことは覚えてるけど、内容は忘れてたりするもん」

「うん……」
昌はそう言って窓を見た。でも、彼が見ているのは窓ではなくもっともっと先だろうと思う。
目を細めるようにして、遠くを見つめていた。
そんな様子が悲しかった。

「あの花、明日摘んで帰るよ。昌も見たいでしょう?」
夏の暑さに体力を消耗し、臥せっていたところに今度は朝と夜の冷え込み。
ここのところはそのせいで彼はひどく体調を崩していた。もともと自分と違って丈夫にはできていない身体らしい。
ちょっとしたことで戻してしまったり、熱を出した。

この状態では学校にも行けないし、散歩さえフラフラと頼りない。
いつよくなるかもわからないまま彼はじっとこの部屋で寝ているよりほかになかった。

「駄目だよ……」
窓に向けていた視線を俺へと戻した彼はそう答えた。ポスンと枕へと体重を預け、横たわる。

「どうして?」
「どうしてって、それ彼岸花だろ。……摘んで帰ったら、家が火事になるって言われてる」
「迷信だよ」
俺はそう主張した。なんの根拠もない噂話だ。

「そうかもしれない。でも……、その花はきっと誰かのために咲いてるから取り上げちゃいけない気がするんだ」
「な、なにいきなり?」
彼は手を伸ばし俺の髪を撫でながら、そう囁くように言った。

「死んだ人の想いがきっとそこにはあるんだよ。
悲しい思い出のために、咲かなきゃいけない。そんな花だから」
奪うようなことはしてはいけないんだ」

彼が優しい声で、そう言うから。なぜだか胸が痛くなる。優しいのに、なんでなんだろう。


「うん……、わかった。でも、」
いつか二人で見に行こう。
摘まなくても見に行ければ、それが一番綺麗なのだから。

「そうだね」

綺麗だけど儚い笑顔で、彼は答えた。

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