過去の拍手置き場

□赤い散歩道で
1ページ/1ページ

夕焼けが迫るいつもの道だった。
学校いく時もよくとおる並木道だ。

見上げると晴れている空は高く、澄んでいた。
忍び寄る冷えた空気が冬の足音を響かせ、吸い込む空気は冷たかった。

「なりにぃ」

ただの散歩と言うのは案外しないもので、思えば最後にしたのはいつだったか覚えていない。
それくらい長い間してこなかった。
そんな散歩に兄が俺を連れ出したのだ。

「なんだ? にやにやして」

別にそんな顔をしたつもりはなかったけど…。
むしろ兄こそにやにやして俺を見ている。

「いや、呼んでみただけ。それはそうと……風が冷たい季節になったね」
暖かいコートに顔を埋めた。吹き抜ける風がそれでも隙間から冷たさを運んでくる。
昼はまだ暖かい。
でも、この時間はそろそろ冷えてくるようだ。

「ほら、こっち向け」
「なに?」
準備良く鞄の中に入れていたマフラーを俺に巻きつける兄。
「いいよ、まだそんなには寒くないし」
「馬鹿か。俺が連れ出したんだから、それで風邪なんか引かれちゃ困るだろ」
「んー」
ぎゅうぎゅうと苦しいくらい巻かれたまま、しぶしぶそのまま道を歩いた。

ぴらり。
目の前に落ちた紅葉を拾う。
「綺麗……」
「昌はほんとうに赤い色が好きなんだな」
兄は落ち葉を大切そうに拾った俺をみてそう言った。

「だって、もっくんの目みたいだから」
「……」
俺がそんなふうに答えると、兄は黙ってしまった。

「どーしたの? 成兄」
「いや、なんでもない」
「そう言われるとすごく気になるよ……」

俺は俯いてまた落ち葉を拾った。
兄も同じように赤い葉を拾ってそれを手で玩んだ。
「……なんであいつと一緒に居ないんだ?
おまえ、寂しいんじゃないのか」

「なんでって…。寂しくはないよ。
だって、こんなにも近くにいるじゃないか。寂しいわけがないよ」
俺はそうこたえる。

「っあ。ちょ、っちょっと、成兄」
後ろから兄がコートの前を開けて、その中に俺をすっぽりと包んでしまった。
「素直じゃないなぁ。
俺もあの家から居なくなったし、寂しがりの昌にはこれくらいがちょうどいいだろう?」

「やめてよ、恥ずかしいって!」
誰もいないけど、こんなところを誰かに見られるのは嫌だ。
「お兄ちゃんって呼んでもいいんだぞ」
「絶対に呼ぶもんか!」


コートの中は暖かいというより暑苦しい。
抵抗するだけ、無駄な気がして諦めて力を抜いた。

「寂しくは…ないんだよ」

いつか一緒に居るようになる日が来るから。
それまではいいんだ。

「だって心は近くにある。そう感じるから」

兄は束縛する力を弱めて、優しく肩を抱いた。
その大きな暖かい手を感じる。

俺は相変わらず目の前を見据えて、落ち葉の落ちる様子を見ていた。
いつか、年を数えることも止めてしまうくらい。
何度も朝と夜を迎えて、何度もこの紅葉を眺めるのだろう。

「そうか」
「成兄はちょっと近すぎ」
俺はそう苦笑いをしながらも、離れずに身を委ねた。

目の前にはらりと赤い葉が舞って、そして落ちる。
そんな景色を二人で見ていた。

きっと、何度もこの紅葉を見るんだ。
赤い色をあの目に重ねて。

ただその時に、今みたいに隣に誰かがいるといい。
綺麗だって言いあえるような、そんな大切な人たちと…。
いられるばずだから。

「さ、そろそろ行こう。今日夕飯家で食べるんでしょう? 帰らなきゃ」
俺はするりと抜けだして笑いかけた。

「そうだな。お腹もいい具合に減ってるし、楽しみだ」

伸びる葉の敷き詰められた赤い道は夕日に照らされて色の輝きを増して、光るように美しかった。
つい駆けだした俺を兄が呼ぶ。
「早く来てよー! 置いて行くよ」

「バカ! 俺はお前みたいに若くないんだ。走れるか」
そんな悪態をつきつつも彼はあっという間に俺を追いついて、がしっと腕を掴む。
「ふ、あはは……成兄必死すぎ」
そんな彼につい笑いが込み上げた。

「あたりまえだ。お前をすぐすり抜けてしまう……。
逃げていくな、それに置いて行くなよ」

くしゃりといつものように頭を撫でてくれる兄に、少しの戸惑いを感じた。
そんなふうに思ってたんだって知ったから。

「どこにもいかないよ…。
ここ以外に行く当てなんてないんだから」

小さな声でそうつぶやく。
この家が俺の帰る場所。逃げる場所も行きたい場所もない。

「ほら、そんな顔してないで。待ってるやつらがいるんだろ?」
「うん……」

静かに頷いて、身体を兄にもたせながら落ち葉を踏みしめていく。
こんな安心がいつまでも続くといいのにな。

そして、いつかこんな頼りがいのある大人になれたらいいのに。

「どうした、熱心に俺のことを見つめて」
「なんでもないよ、行こう」

憧れと安らぎ。


そんな俺の兄上。
今も昔も…

「・・・大好きだよ」

「なにか言ったか?」

「な、なんでもないって言ってるじゃん、ほら、さっさと歩く!」


夕焼けが迫るいつもの並木道だけど、包み込むような優しさがあった。

もうすぐすべての葉が落ちてしまう。
そして冬の足音が聞こえる。

それでもこの暖かさを思い出して、進んでいきたい。
そう思って、拾った落ち葉を胸に歩を進める。

「今絶対何かいっただろ? 教えろ!」
「言ってない!!!」

どうせ言わなくっても分かってるんだから、言ってやらない。

そんな…特別な夕焼け。

終わり

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ