過去の拍手置き場
□彼女の季節
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秋は彼女の季節だ。
「ん? どうしたの」
ベンチに座った彼女が隣から覗き込む。彼女の漆黒の髪と同じ色を宿した瞳。
その色の深さは落ちていきそうなくらい深い。
「なんでもない」
くすりと笑いかけると、彼女も顔を綻ばせて笑う。柔らかで、暖かい微笑み。
秋が寂しい季節だと言ったのは、誰だったんだろう。
景色が暖かい赤や黄色に染まって、それからやがて冷たい灰色の季節が来る。
それを知っているから、悲しいのだろうか。
つかの間の安らぎだと思うのだろうか。
だとしたら、彼女はそんな安らぎなのかもしれない。
「この季節が一番好きだなぁって思ってさ」
誰が何と言おうと、彼女の季節が好きだ。
「読書の秋だからかしら? それとも食欲の?」
そう冗談めかして上目使いに言う。二人の間にあった少しの隙間を埋めるように、彼女は側に寄った。
冬の制服の擦れる音が聞こえ、近づいた髪からはシャンプーの匂いがした。
「ち、近いよ」
はっとして身を引いて元の距離をとる。
「ごめんなさい。でも、そんなに近くはないと思うのだけど」
また彼女はくすくす笑い、ねぇ、と俺に同意を求める。
「なんか恥ずかしいよ…やっぱり」
そう目を伏せて言う。
すぐ側を秋の風が通り抜けていく。
からりと乾いた、ここちよい風。
そのまま力を抜いて目を閉じてみる。
聞こえる葉の擦れる音、どこかで誰かが話す声、隣にいる彼女の息遣いが聞こえてくる。
それはとても当たり前のことだけど、言葉にできないような幸せの形なのだと思う。