うたかたの幸いをこの手に

□ありのままの季節で
1ページ/11ページ

「あっつー!」

扇風機を抱きしめるようにして風を受け止めた。
何で、うちにはクーラーがないんだ。
今時ありえない。
それもこれもじい様の気まぐれで!

せめてもの反抗心からタンクトップにハーフパンツ。
着物も浴衣も着てられない。
浴衣は見た目には涼しげだけど、実際にはそれなりに暑いのだ。

「ったく、部活がないと思ったらダラダラと……。
何のために陸上部にしたんだ。
こんなときくらい学校の勉強なり、陰陽術の勉強なりをしたらどうだ?」

冬にはいい襟巻きになる物の怪が叱る。
暑苦しくて、目を背けた。

陸上部にしたのはうちの学校ではそれほど熱心な運動部ではないため。
体力づくりにはやっぱり運動部とは思ったのだが、
夜警などの陰陽の仕事の手伝いを考えるとなかなか両立させることは難しい。

篤史はサッカー部だから、もちろん一緒にやろうと誘われた。
しかし、どこの学校にもひとつやふたつ強い部活というものは存在して、残念ながらサッカー部はまさにそれだった。
チーム競技だし、あんまり練習を抜けられなさそうだし……。

その点、陸上部はサッカー部が占拠しているグランドのすみっこでほそぼそと活動しているだけ。
曜日によっては他の運動部に場所を譲って練習がない日もあり、
他の学校ではともかく、うちの学校では日のあたらない部活だった。

「だって暑いし、全然やる気でないよ。
あーぁ、家にもエアコンがあったらなぁ」

「学校についているだけありがたく思え。
そんなこと言うなら図書室で勉強すれば良かったじゃないか。
あそこは涼しいぞぉー」

物の怪のくせにどうやっているんだと思うくらい表情豊かにニヤッと笑う。

「やだよ、俺ってなんか図書室って柄じゃないし。
しーんっとした空気が駄目なんだよねぇ」

昌と違って、本を読むのはあまり好きではない。
どちらかといえばマンガを読んだり、ゲームをしているほうが好きだ。

「それに、今日は書架整理の日だ。
本を借りないで勉強するだけならいてもいいみたいだけど、落ち着かないと思うな」

すました顔で言っておく。
残って勉強しなかったのは書架整理のせい、ということにしよう。

「じゃあ、諦めてここでしろ。
昌は健気にもいつも部屋でちゃんとやってるじゃないか。
具合が悪くても勉強だけはキッチリやっていたと昌親が……」

「あーもぅ、うるさいなぁ!
そんなにぐちぐち言うなら昌んとこにでも行ってきなよ。
この時期に紅蓮を見ると体感温度が2度ぐらいう上がるというかさ。
なんか、こう暑っ苦しいんだよね」

ちょっと言い過ぎたかな、とは思ったけど半分くらいは本心だし撤回する気はない。
物の怪の白いふさふさした姿はもっさりとしていて、そこにいるだけで暑い。
夏バージョンの変化もあればいいのに。

「暑苦しいとはなんだ、この半人前め!
こんなもんでへばっているようじゃ晴次を超すなんて絶対に無理だな」

けっと悪態をついて物の怪は言う。
半人前であるという自覚はあるので、それに関しては言い返せなかった。
痛いところつきやがって……。

「うるさい、うるさい、うるさいっ!
勉強するにしても紅蓮は邪魔なんだよ!
この部屋の暑さの根源だってーの。
しっし」

俺は手を振って物の怪を出口へと促す。
いつも、偉そうに説教しくさって……。
おまえは俺の親かって話だ。

「ふんっ!
後で謝ってもしらないからな!」

眉を吊り上げ、彼はするりと出て行った。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ