うたかたの幸いをこの手に

□見えない星の瞬き
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畳の匂いのするじい様の和室。
ある程度の広さがあるはずなのに、兄弟全員が揃うと少し手狭に感じた。
二人ずつ向かい合わせに座る。
俺の隣は成兄で真向かいは浩人。

こんなふうに呼び出されることは今までなかったから、少し緊張する。
一体なんの用向きだろう。
ギュッと縮こまるようにしていた俺とは対照的にじい様は気の抜けた声で話し始めた。


「今夜は夜警に行ってもらおうと思ってのう。
近頃、妖怪が悪さをしていると聞いたのでなぁ……。
ここから東にある山のすそ、そこで何度か目撃されたようじゃ」

じい様は懐から街の地図を取り出して指し示す。

「怪我人も出ている。
ちょっと行って、退治てこい」





*********

「はぁー」

「ため息なんてつくなよ、昌。
俺だって気乗りしないんだし」

電灯もない暗い小道を歩く。
暗視術のおかげで、困ることは無い。
けど、夜に出歩くのはなんとなく慣れなくて……。
今世では結構過保護に育ったからなぁ。

ぼーっと空を仰いだ。
あるはずの星はスモッグや街の明かりで存在すら確かめられない。
どれだけ目を凝らしても平安の頃みたいには見えないのだ。


「ほら、よそ見なんてしてたらつまずくぞ」

成兄は俺の腕を掴む。

「星が……、見えないね」

視線を真上に向けたまま言った。
相変わらず、そこにあるのは淡く、頼りない光だった。

「そうだな。
平安の頃は星見も陰陽師の仕事のひとつだった。
今じゃ、気象衛星が飛んでたり、
天体観測所ができたり……、
時代が変わったなあ」

彼も空に目をやる。
昔を思い出すように目を細めた。
そして、ぽつりとつぶやいた。

「……、本当はな、夜警に昌を連れて来るのは反対だったんだ」


「俺が嫌がっていたから?」

行きたくないと、二人の兄には言っていた。
今までも、いろいろと口添えしてしてもらっていたのだ。

「違う。
俺自身がそうさせたくなかったから。
せっかく具合がよくなったのにいきなり夜警なんて……。
昌にはもっと楽しいこと、
たくさん経験してほしかったから」

成兄は視線を下に戻し、俺の目を見据えてはにかんだ。

「ほら、今は夏休みだろう?
昌とはまだ海に行ったことなかったしなあ。
綺麗な星空も見せたかった」


「……、そうだね。
あんまり考えたことなかったけど俺、浩人と違ってどこにもいってないや。
星、見てみたいなぁ」

なんとか克服した星見も、今世では活躍する機会がなかった。
それに、純粋に星を見ることは今でも好きだ。

「安心しろ。
今まで行けなかった分、
この兄がちゃーんと連れてってやるから」

くしゃっと頭が撫でられた。
大きな手はいつでも頼もしい。
そして、すごく暖かいのだ。

寄り掛かるようにして歩を進める。
なんだか、とても幸せな気分だった。
一応、双子でも俺は兄。
しっかりしなきゃと張り詰めていたものがあったのかもしれない。
今はそれが緩んじゃって……。

ちょっとぐらい、……いいよね。
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