うたかたの幸いをこの手に

□梢の秋の宴
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「入ります、じい様」
 少し間をあけて襖を開けた。先触れは出しておいたが、祖父の周りには天空と騰蛇以外の十二神将がきっちり顔を連ねていた。ことの大事さを感じて、改めて息をのむ。
「お話があって参りました」
「お前はなかったらこんじゃろうが…。とにかくそこへ座れ」
「それもそうですね」
 そこ、とは彼らとじい様の真向かい。対峙するような場所だった。座ると、後ろから物の怪がひょっこりついてきて、俺の隣でおすわりの姿勢をとった。
「今日、お話にあがったのは……」
 違う。こんな言い方をしたいんじゃない。言いかけて、口をつぐみ、唇を噛んだ。

「……ごめん、なさい。じい様に、神将のみんなに、ごめんなさい」
 まず、謝らなきゃ。そう思ったら勝手に言葉が口をついて出ていた。言いたいことがうまく言えない。気がつけば、畳にひれ伏し、謝っていた。額が地につき、それでも謝ることをやめられなかった。
 ひどいことをしたんだ。みんながずっと昌浩を求めていたことを知っていたのに……。言わずにいて、本当の昌浩はきっともう戻って来ないんだって……俺だけが知っていてそうしたんだ。



 しばらくしたあと、節くれだった手がくしゃっと頭を撫でた。じい様は気の済むまで謝らせてくれたのだ。
「……じい様」
「心配ばかりさせて、どうしようもない孫だのぅ」
 好々爺とした表情を浮かべ、微笑んでいた。逆に、胸が締め付けられるように痛む。何か言いたくて、でもどんな言葉を選んでいいのかわからない。じい様のたもと握って、目を伏せていた。
「そういうところは相変わらずじゃ」
 そう言って俺の肩を撫でた。触れられた瞬間、つい体が強張ってしまったけれど、優しい手の温かさにほっとした。
「ごめんなさい」
「それは、言うことを言った後に言いなさい。その覚悟があってきたのじゃろう?」
「はい……」
 物の怪が心配そうに見つめている。ほんと、もっくんは心配性なんだから……。俺は大丈夫だよと口を動かし、微笑みかけた。そしたら、なんだか気持ちが落ち着いて、なんとかなりそうって励まされた。



 少しずつ語りだされる今までのこと。それは言葉にする度に、胸がえぐられるようで痛かった。誰もが押し黙り、無意識にこの場を重くさせていた。途中でじい様が休憩を入れようと言ったけれど、最後まで続けさせてほしいと言った。 
 夢物語のような話は終わっても、それに続く今は終わらない。良くも悪くも終わらない。
 じっとりと額に汗が浮かんで、頬を伝い、手の平に落ちた。ばくばくと早鐘を打つ心臓はどんなに気を集中させても鎮まらない。その鼓動に合わせて脈打つように、頭に痛みが走る。

「俺は……、昌浩の記憶を持ってるよ。だけど、それは完全じゃないし、ましてや俺は人でなくなった」

ーー見えているものが、遠い。

「こんな俺、……だけど頼みがある」

ーーまるで、陽炎の彼方のようにぼやけていく。

「何もなかったように、知らないふりをして、振る舞ってくれないか?」

ーー声も遠くなって……。

「身勝手なのはわかってる。だけど、せめて浩人の前だけでもそうしてほしいんだ」

ーーまるで、空気の抜けた世界。

「お願い、だから……」


 世界が一瞬、掻き消える。でも、誰かが腕を掴み、俺を引き戻す。力強くて……、痛いくらいに。けど、そこにある不器用な優しさを知っていた。
 俺は気がついたように目を見開き、のろのろと顔を上げた。

「お願いっていうのは、目を見て言うものだろう」
「青龍……」
 小さくそうだね、と頷いた。相手の目を見て、意志を伝えて、やれることをやりきって……それでも自分だけではできない非力さを認めて、お願いするんだ。
「命令してもいいのに……変に律儀なのね、昌は」
 太陰がぼやいた。それに続くように彼女の頭を撫でながら白虎が言う。
「お前は清明、昌浩、清次と同様に我等の主として相応しいはずだ。俺は命令でもお願いでも聞く。だが、いましばし時が欲しい」
 言葉を失うものも多いなかで、しっかりとした芯のある声が響く。他の神将も頷き、俺を見た。
「待つよ……。だけど、その間に……浩人に、ばれるようなことだけは、しないでくれ」
 息があがる。覚醒しきった天狐の血が身体の中を駆ける。もう天狐の血などとうに手なずけたものだと思っていた。なのにうまく押さえ込むには、俺の力量不足ってこと……? それとも、この血を見くびっていたのかもしれない。
 奥歯をぐっと食いしばり、眉間にシワをよせた。
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