過去の拍手置き場

□夏祭り
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「とりあえず、あの一番大きいのを」

 それを聞いて、店主が青い顔をしたのがちらりと見えた。
けれど、止める間もなく兄は店の看板とも言うべき巨大なぬいぐるみを打ち落としてしまった。

「あ、あれ落として良かったの?
 店のおじさん困ってるようにみえるけど」

「細かいことはいいじゃないか、せっかくの祭りだんだし。
な、おっちゃん」

「これは…、その飾りとして置いていまして、的ではないんですよ、悪いねぇ兄ちゃん」

 対して、昌親兄は微笑みの表情を崩さず強行した。

「ええ、でも落としたんですからいただきます」

「いや、だから…」

 態度を崩さない昌親兄に店主は諦め、そのぬいぐるみをしぶしぶ渡した。
空気が読めない兄を申し訳なく思った。

大人気ないな。あれは普通は落とせるはずのないもの。
そして狙うべきでもない。

「そういうわけで、これは昌に」
「こんなの恥ずかしいよ、子供じゃあるまいし」

 顔が埋もれるほど大きなぬいぐるみをもらってもなんだか複雑な気持ちだ。
くれるものならなんだってありがたく受け取りたいところだか……。


「さて、そろそろ行きましょうか、兄さん。浩人たちが来てしまう」

「浩人が?」

「友達を連れてこの祭りに来てたんだ。
男ばっかりでむさ苦しい。花がないぜ、花が。
あいつらと入口の方で会って、それを追い越してきたんだ。
さっき声が聞こえてきたから、もうすぐこちらに来てしまうだろうな」

 兄二人で来てるくせに、それはむさ苦しいと言わないのか。
けれど、それは触れるべきではない気がして、聞かなかったことにした。

「あ、あの…いや、なんでもない」

 引き留めてほしい、そうお願いするのは気が引けて言えない。
だけど、彰奈とこうやって過ごす時間を浩人に見られたくなかった。
彼はまだきっとこういう気持ちを分かりはしない。
ただ、兄弟である俺を無邪気に慕っている子どもだった。

「……仕方ないな、昌親が浩人たちにも華麗な射的を見せてやるってさ」

「ホント、仕方ないですね。
なんでもないなんて……、いかにも何か言いたそうな顔で言うものではありませんよ。
おじさーん、ぬいぐるみはいらないのでその分換えの弾にしてくださーい」

「ありがと」

「いいさ」
「行っておいで」


 少し困ったように笑う二人を後にして、彰奈と縁日の終わりの方まで歩いていった。ひと気がなくなっていく。
二人分の下駄の音がカラコロと一際大きく響いた。
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