過去の拍手置き場
□夏祭り
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「このぬいぐるみ、似てると思わない?」
不意に彰奈はそう俺に同意を求めた。
このウサギが何かに似ているらしい。
白い柔らかい、そして赤い眼。
「あ…、確かに」
「でしょう?」
そう笑った後で、月のように寂しい目でぬいぐるみを見つめた。
「もっくんがいつもあなたの側にいるから、私ちょっと羨ましかった。
そんなこと、望んじゃいけないのに。だって、私にとってももっくんは大切だったから…」
愛しそうにぬいぐるみを抱く彼女は綺麗だった。
生き物を傷つけないようにそっと抱いているような優しさがそこにはあった。
けれど、睫毛は切なげに伏せられて、頬に影を落とした。
「今こうやって思い出してみるとね、やっぱり大切だったって思うの。
私とあなたともっくんで笑ってた日のことが懐かしくて、愛しいの。
そのことがはっきり分かるの」
「うん……」
ぬいぐるみに指を滑らせ、撫でる彰奈。
そんな彼女をぬいぐるみごと、壊れてしまわないように弱く抱きしめた。
薄目を開けて辺りを見渡すと仄かな灯が所々で光って見えた。
瞼を閉じて、彼女の息遣いを肩で感じた。
薄い浴衣の生地から少し汗ばんでしっとりした肌も、ゆっくりを身を預ける仕草もずっと覚えていたいくらい好きだと思った。
もっくんと俺がいて、冗談を言い合っていて……それを笑う彰奈がいた。
彼女が夜警に行く俺を心配そうに見送っていたこと、
母と一緒に慣れない食事の支度を懸命に手伝っていたこと
……そういった思い出が湧き上がるように次々と脳裏をよぎった。
「もう戻らないとか、還れないって思うんじゃなくて…たぶんね、やっと懐かしいと思えるようになったの」
耳元で囁く声は、やはり懐かしさを連れてくる。
彰奈は満足したように俺から身を離し、じっと見据えて微笑む。
正面に映る彼女の背後にはさっきは所々だった灯が増えて、そして少しずつ空に消えていく死んだ者の想い。
「俺も、懐かしいと思うよ」
きっとこの魂たちも未練じゃない。
ただ、遺してきた人を懐かしく慕い、見守っている。楽しいことばかりなんてありえないから。
だから、辛かったり痛かった記憶はいつか、懐かしい思い出になる。
二人で、手をつないで盆に戻ってきた死者が黄泉に還っていくのを最後まで見ていた。
手を伸ばしても届かないものを受け入れて、ただ見守って還るだけ。
虚しく見える彼らを哀れだとは思わない。
せめて想いが届くように、静かに祈った。