過去の拍手置き場
□プールに行こう!
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あまり片付けは得意ではないのだけれど、こういう機会でもないとやらないな、と思いながら自分でも結構まじめに片づけをしていた。
いつもは雑然とおいてしまう教科書類を本棚に戻すだけでもずいぶん見栄えは変わる。
それが分かっていてもなかなかできないんだよね……。
もっと前から片付けておけばよかったのだけど、やりたくないことはぎりぎりまで先延ばしにしてしまうのは癖なのだ。
ふと時計を見ると、そろそろ篤史もくるころを指していた。部屋もたいぶマシなになってきた。
俺は最後に掃除機をかけた後、伸びをして、深く息をはいた。やっぱりきれいな部屋は気持ちもすっきりする。
そんなふうに掃除の余韻に浸っていると、廊下から軽くて急いだ足音が近づいてきた。
きっと紅蓮だろう。戸を開けるとやはりそこに居たのは紅蓮で、俺にもう一枚水着を持ってないかと聞いた。
生憎二枚なんて持っていなかった。普段、それほど使うものではないし、一枚で十分なのだ。
紅蓮はそうかとだけ答えて、早足に去っていってしまった。
……何をそんなに慌てているんだろう。
不思議に思いながらもそれを追求するまもなく玄関から呼び鈴がなり、篤史を迎えた。
「おはよう。それとお邪魔します!」
一晩泊まるだけの小さめのボストンバックと今日プールに行く鞄を携えて篤史がそう挨拶した。
「どうぞ、ぼろい家だけどゆっくりしてって」
「ありがとう。まあ、確かに古いっていうのは分かるけど、いい家だと思うよ」
彼はそう言いながらサンダルを脱いで、家に上がる。
いい家。それはそうなんだけど、彼が足を置くと床がみしりと怪しげな音をたてたので、思わずお互いの顔をみて苦笑してしまった。
荷物を置くためにも、彼の泊まる客間まで案内をすることになったのだが、そこに行き着くまでに昌の部屋がある。
いつもなら静かな彼の部屋がなんだか今日に限ってはとても賑やかでつい俺は立ち止まってしまった。
「ここ、昌の部屋なんだ」
俺がそう篤史に紹介すると、彼は興味津々そうに聞き耳をたてた。
「脱げそうだ」
「うーん、デザインは成親のでもいいと思うのだが、昌には…」
「丈もウエストも全く合ってないのでは、止めておいたほうがいいのでは?」
一体なんの話をしているのか。ただわかるのは昌の部屋から聞こえる声がかなり多いこと。
あーだ、こーだと意見を真剣に交わすからには、よっぽど大事なことなのだろうか?
しかし、そろそろ準備を終えてもいいころなのに、内心はやくしてほしいとも思う。
「昌……なにやってるんだろう」
少し笑いを堪えながら篤史はいったん荷物を置きにいこうと、俺の腕を引いた。
「さっき隙間から見えたんだけど」
部屋についた後で、篤史はくすくすと笑いながら話す。
「似合ってなさに噴きそうになって」
「? なにが」
「水着がだよ」
そう答えると思い出したように篤史はまた笑うので、見れなかったことが悔しい。
だからさっきサイズの話をしていたのかと合点がいった。
サイズもそうだが、成兄のを引っ張り出してきた水着は昌の肌の色に合ってないらしい。
それがあまりにも酷かったと、篤史は笑う。
「……もう一回見てくる」
「じゃあ俺も」
あのとき俺にも教えてくれればよかったのに。
不満に思う気持ちとともに、そろりそろりと部屋から出て廊下を歩き出した。
****************
時間がない。でも、とりあえずあのままでは困ると言うことで神将達に水着を探しを依頼した。
幸い、上には二人も兄がいるのだから一枚もない、なんてことはないはずだ。
その読みどおり、成兄が残していった衣類の中にあったのだが……、如何せん体格が違いすぎた。
浩人が持っていればよかったのだが、ないと言われたらしい。
がっくり肩を落とすものの、彼らは悪くない。……仕方ない、のだ。
限られた時間内で神将たちが一生懸命探してきてくれたそれをひとまず下着の上から着てみたものの、やはり散々な言われようだった。
プールと言うより真っ青な海と砂浜、そして褐色の肌がよく似合いそうな兄の水着は悲しいほどに似合わなかったのだ。
家に居ることの多い日焼けのない身体は全然しっくり来なかったし、滑稽さすら感じる。
しかも紐でずり落ちないように調整しているけれど、それが緩んだらどうなってしまうんだろう。
それを考えると、とてもじゃないが、泳ぐことに集中するなんてできない。
「アレ、入らないわけじゃないんでしょ? それを着ちゃえばそれでおっけーじゃないの」
とうとう太陰は例の水着を指差し、人の気も知らないでそんなことを言い出す始末。俺は話にならないと明後日のほうに視線をやり、ため息をついた。
「昌、他人事みたいな顔をするな。時間がなんだろう。だめだと決め付ける前に着てみるだけ着てみろ」
勾陳さえそう言う……。神将達はよっぽど俺を辱めたいのだろうか。
「昌、何をそんなに拗ねてるんだ。俺だって気づいてやれなかったのは悪かったと思ってる。
けど、そうやっていつまでもごねてると困るのは浩人だぞ? こんなところあいつに見られてもいいのか?」
もっくんが、そう言い、俺は口ごもった……。
「だって、こんなのってないよ」
声がだんだん小さくなる。だって、こんな小さいころの水着入るわけないじゃないか!
「だっても、けどもない! それでも兄か? ちょっとぴったりしてるだけだろうが」
「兄とか弟とか関係ない! ちょっとどころじゃなくぴったりだし! 俺だって着たくないものくらいあるんだ!
っていうか、昌親兄のはなかったの?」
俺が気になっていたのは、成兄のがあれば昌親兄のもありそうだということだった。
探しても見つからなかったのだろうと思いつつも、思わず口にしてしまった。
「それが……」
それまで威勢のよかった太陰が少し顔を伏せた。
「昌親のでいいのなら、一応用意できますが」
そうサラリと言う太裳はこういう場では普段発言はしないので、一気に視線が集まってしまった。
「ほんとうに?」
俺は反射的にそう聞き返した。
「ええ、ここに」
彼は服の隙間に携えていたらしく(そもそもそんなところに入ってしまう時点でおかしいことに気づくべきだったんだ……)、とくに気にするでもなくそれを衆目にさらした。