過去の拍手置き場

□プールに行こう!
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「……………………………………………………………………」
「っおい、昌!?」
 もっくんが呼んでいる声。なんだか一瞬目の前が真っ白になったような。
 しかし、次の瞬間には自分の顔がほてるのを感じ、思わず顔を手で覆ってしゃがんだ。

 あ、あれはいくらなんでも…ないんじゃないか?
 見間違いかと思って、もう一度見ようかとも思ったけれど、そんな勇気もなく……。

 見てはいけないものを見てしまった。
 昌親兄のだというけれど、本当にそんなことってあるのだろうか。
 それは、俺のスクール水着並に布面積が少なく見えたような気がして、あの背の高い兄が身に着けるのはあまりにも奇妙な感じがする。

 動揺しているところ、さらに悪いことに後ろからトントンと戸を叩く音が聞こえた。
 もう出かける時間だと浩人が呼びに来たのだろうか?
 どうしよう、よくわからないけど、とにかく太裳の持っているものをなんとかしなければ! 

「入るよ?」
「まっ、待って!!」

 戸が開きかける音を聞いて、慌てて立ち上がるものの、焦りすぎてなにがなんだかわからないまま足を踏み出して側にあったベッドにぶつかり、軽い音をたてて、うつ伏せに倒れてしまった。
「はう゛ぅ……」

「なにしてるの? 昌」
 戸を開けて部屋に入った浩人がすかさずそう聞いてくるが、すぐには言葉にならなかった。もう終わりだ。
 恥ずかしさのあまり布団に突っ伏した顔を上げられない。なんでこんなタイミングで来ちゃうんだよ……。

「お、俺のじゃないから……、絶対!」
「そう…。とにかく大丈夫?」

 形だけ頷くけれど、内心かなり落ち込んでいて、全然大丈夫じゃない。

「まさにぃは……その、その……あの」
「昌親兄さん? 兄さんがどうかした?」

 まともに話せなくて、言おうとすると余計に恥ずかしくて仕方ない。他人の下着を見てしまったような気分だ……。
 浩人はそうやって俺が何も答えないので、一応続きを待つように口を閉ざしていたがしばらくして軽くため息をついた。

「……なるほど、ね。太裳、あんまり昌をからかわないであげてよ。
それに昌親兄が可哀想じゃないか。変な誤解されてるよ? 絶対」
「そのようです。悪気はなかったのですが。すみません」

 ごそごそとしまう音が聞こえた後で、おそるおそる顔を上げた。けれども、まだ自分の顔は赤いだろうと思う。

「兄さんは、変な趣味なの?」
 そうあってほしくないと思い、斜め上にいる浩人を見上げて小声で俺はそう口にした。
 その問いかけに彼は口元を隠すように首を振り、否定した。

「ぐーれーん!」
 ビクッともっくんが身体をひくつかせて弟のことを振り返り、なにやら弁明をしているようで……。
 けれども、その会話は自分が混乱しているせいかあまりはっきりと聞こえない。
 どこにも目を合わせられなくて、うつむいていると篤史がぽんっと頭に手をおいた。

「プール行く前に新しいのを買いに行こうな」
 そう言われ、コクンと頷いた。さすがに今回はケチってはいられない。
「……できれば、篤史とか浩人が持ってるのがいいんだけど」
 普通のがいい、もちろん。

「わかった。昌に似合うのを探そう」
 浩人が複雑そうな顔をして言う。苦笑いにも似た表情だ。
 しかし、俺が持っていないことに気づいてなかったことには彼なりに反省があるらしかった。

「けど、あれはあれで実用的だと思うんだけどなぁ。水の抵抗が少なくて速く泳げそう。
あえて……どう?」
「昌親兄さんは泳ぐの得意だしそれで、あれなんだよ……。だけど、昌がちょっとひいてるし、今回は、さ」

 二人がこそこそそんなことを話しているけれど、なんて答えたらいいのかもわからない……。
 ただ、こくこくと頷いて、赤くなってしまった顔が落ち着くのを待つしかなかった。

******************

 昌の部屋に入ると、彼はどたばたとベッドにうつぶせていた。足元がもつれてそのままダイブ、といったようになんとも思いっきり顔をうずめている。
 俺が大丈夫かと聞いても全然顔を上げてくれないし……、と思っていたらちらりと髪からのぞく耳が真っ赤で余計にどうしたのだろうと気になった。朝は寝ぼけてはいたとはいえ、そこまで具合が悪そうには見えなかった。だけど近頃暑いし、熱中症にでもなったのだろうかと心配になった。

 俺のじゃないって……なんのことか分からないし、きっと暑さのせいで変になったんじゃ?
 そう思いながら暑い部屋を見渡して見ると、想像通り神将たちの多いこと! 別に人とはちがって体温で暑苦しくなることは普段ないのだが、これだけ集まると正直空気の通りが悪くなりそうだ。

「まさにぃは……その、その……あの」
 彼がまごつきながら言葉にしようとするのを聞きながら、半眼になって、部屋の奥のほうに視線を移すと、太裳が見慣れないものを持っている。
 それがなんであるかを理解するまで少々時間を要したが、なるほど。状況が見えてきた。
 可哀想に、昌はあんなものでもこんなに赤くなっちゃうんだな……。でも、そんな彼が可愛くてつい笑みがこぼれる。

「兄さんは、変な趣味なの?」
 上目遣いにそんなことを言われては、うまく平生を繕うことができないじゃかいか……。
 というか、変な趣味なんて言葉どこで覚えたの……?

 しかし、断じて昌親兄さんはそんな変な意図でそれを着ていたりはしない。
 彼は水泳が得意で、競泳用にそういうものを持っているにすぎないのだ。
 確かに自分がこんなの履けと言われたら絶対嫌なんだけど、かといって昌親兄がそんな目で見られるのは可哀想だとは思う。

 篤史が昌に新しいのを買おうと言っているのを聞いて、やっと昌が今日出かける水着を持っていなかったことに気がついた。
 ずっと行けなかったことをすっかり忘れていて、少し配慮が足りなかったなって思う。
 しかも、篤史は篤史で変なことを言い出すし……。

「……」
 どうしよう、と困り顔のままの黙りこくっている昌に安心させようといつもの笑みを向けた。
「大丈夫だよ。駅前によっていけばちゃんと売ってる」
「うん……でも」
 またうつむいてしまう昌はまだ何か不安があるらしく、目を合わせてくれない。

「兄さん……」
 半泣きのような声でそう嘆くものだから、昌親兄さんが不憫で仕方がない。
 仕掛けた神将たちが誤解を解いてやればいいものを。

「いつもでもそんな顔してない! 早く着替えないと勝手にこっちでやるからね」
 昌が変な誤解をしてるのは分かるけど、今は出かけるのだから、あまり落ち込んだ気持ちを引きずってもらっては困るのだ。

 俺は昌の着ていたシャツを掴み、はがしにかかろうと引っ張るが、それだけは困ると彼は必死に抵抗した。
「っわ、わ! 待って! やめてよ!」
 たかがシャツなのにどうしてそんなにも嫌がるのかとも思うけれど、そんな様子が微笑ましかった。



 俺と篤史は半ば追い出されるように彼の部屋を後にする。
「ちゃんと言わなくてよかったのか? 誤解だって」
 篤史が振り向いて、自分こそ言わなかったくせにそう聞いてきた。

「だって、もうすこし見ていたかったし」
 彼の不幸を笑うのもなんだけれど、とても可愛くてつい……。
 あんな風に慌てるのが新鮮で、しかも大げさ。見ていて本当ににやけてしまう。

「……そんなにやけ顔のほうがよっぽど変態だし。気持ち悪い」
「うるさい!」
 篤史だって、そう言いながらいつもより少し口角があがっているのを俺は知っていた。
 お互いさまだろう。
 



 数分後。どたばたと昌は玄関に駆け込んで来て、三人で過ごす一日が始まる。


 だけど、昌のさっきの誤解を解くのはもうしばらく先の話。

おとまりの朝、終わり。
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