うたかたの幸いをこの手に
□変わらないもの〜前編〜
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「おはよう、ヒロ」
食卓の席に座りながら、弟の浩人(ひろと)に声をかける。
「おはよう」
気遣わしげな目でこちらを見てくる浩人に出来るだけ自然に見えるように微笑んだ。
何も話せないことが申し訳なくて、後ろめたい……。
浩人は俺の弟。
稀代の陰陽師安倍清明の後継であった昌浩の生まれ変わりだと皆から信じられ、大切に育てられてきた。
昌浩ほどの術の精度はもっていないものの実力は折り紙つきだ。
そこらの妖をパパッと退治てこられるくらいに。
その上、素直で優しい。
幼いころの昌浩に良く似てるのだろうと思う。
実際は、俺が生まれ変わりなんだけど
神将たち、特に紅蓮の光になっているのは浩人だ。
どうしてだろう。
俺は自分自身だった昌浩に似てないと思う。
だから、これはこれでいいんじゃないかと思っている。
寂しくないわけじゃない。
でも、それ以上に弟の浩人が大切なんだ。
前世は末っ子だったからわからなかったけど、兄になるってこういうことなのかなぁ。
俺は今が幸せ。
だから、ずっとこのままでいたいと思う。
我が儘でも、それが俺の願い。
昌浩だと悟られてはいけない。
この記憶が戻った時、そう誓った。
でも、俺には――。
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「昌。早く食べないと遅刻しちゃうよ」
ボーっとしていたところに声をかけられ、はっとした。
見ると、浩人は食べ終えたようだ。俺は半分くらいだったのに……。
「ホントだ!
ごめん、母さん。これ残すね」
「駄目だよ、昌。
朝ぐらいちゃんと食べないと!」
急いで席を立とうとした俺を浩人は有無を言わせず押しどどめる。
これじゃあ、どっちが兄なのかわからないな……。
「遅刻してでもちゃんと食べて。
むしろ、休んだほうがいいんじゃない?
顔色悪いし。
たいだい昌は……」
ネチネチと説教が始まってまたか、と胸のうちで嘆息した。そんなに酷いのかな。
適当に聞き流しつつ、一気にご飯をかきこむ。
早食いはよくないのだが今日くらいいいだろう。
「食べた。
ちゃんと食べたから、学校行こう」
浩人はまだ不満そうな顔をしている。
「でも……っいた!」
「なにが"でも"だ。早く行くよ」
お返しにというばかりにデコピンをおみまいして
先に玄関に向かった。
ーーこの幸せがどうかこのまま……。