うたかたの幸いをこの手に
□変わらないもの〜前編〜
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もうすぐ時が満ちる。
次の満月、それが……。
なんとなく授業を聞いてやり過ごし、
帰宅部の俺はそそくさと家路に着く。
篤史も浩人も運動部だから帰りはたいていは一人だ。
帰りくらい静かにしたいもんな……。
ふと、カーブミラーを見るとぱたぱたと走りよる人影があった。
「ぇ……」
見間違えもしない、あの容姿。ドクンっと心臓が跳ねる。
「あ、御巫君」
「藤原さん?」
出来るだけ平静を装って答える。
「あのね、途中まで一緒に帰らない?
……もし、良ければの話だけど」
思わぬ申し出に戸惑わずにはいられない。同じ学校だとは思っていた。しかも今年は同じクラス。極力接触を避けていたのに。
俺としては昌浩であることがばれたくないし、それに本能が警告を発している。俺には彼女が藤原彰子の魂を持っていることが分かる。ただの勘だけど、陰陽師の勘はよく当たるものだ。
彼女も同じように魂の繋がりを感じていたとしたら?
俺と浩人は双子で、普通なら魂の見分けがつかないはず。
でも、彼女ならさりげないしぐさや動作で見抜いてしまいそうで怖いのだ。
俺は本音とは裏腹に明るい表情を作って言う。
「いいよ。帰ろう」
不自然さを与えまいと、ぐっと堪える。
「ありがとう……」
隣に並んで、彼女は微笑んだ。
俺は何度も口を開きかけてはつむぐ彼女をよそ目に、歩調を合わせながら歩く。
うつむいて、話し掛けづらい状況を作ったのは俺だ。
彼女の一挙一動に神経を尖らせる。
だが、彼女はおもむろに……、誰にも聞こえないようにささやいた。
ーー話したくなかったら、今はそれでもいいわ。
私はだた、こうしてあなたの隣を歩きたかっただけ。
そばに居たかったのーー
水に石が落ちたみたいに心に波紋が広がって……。
その代わりに、衝撃で見開いたままだった目を静かに閉じ、微かに頷いた。
そばに……、居たい。
俺は前世よりも不器用になってしまったのかもしれない。
痛みを隠そうとする気持ちが相手を遠ざけてしまう。
でもただ、こうして傍に居ることが、
そんな当たり前のことで救われるという事実が心を暖かくした。
手を伸ばせば触れられる。
そんな距離を保ちながら、曲がり角まで歩いた。
「ありがとう」
最後に俺はぎこちない笑みを浮かべて、そう言った……。