うたかたの幸いをこの手に

□祭に響く歎きの声〜中〜
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「昌、夕飯も食べに来なかったね」

あれから彼はずっと部屋から出て来ない。

朝ごはんも食べてなかったみたいだし、
今日は何も口にしていないはずだ。

俺なら絶対に耐えられないけれど、
彼は食欲がないと言って済ませてしまえる。

ちゃんと食べてほしいと思う気持ち、
それでも部屋から出たくない気持ちもなんとなく分かるから無理強いは出来なかった。
俯く俺の頬に、物の怪が頭を擦り寄せきた。


「浩人は気にしすぎなんだよ。
すぐに元気になるさ」

それを言う紅蓮も気休めだとはわかっているのだ。
いつになくしんみりとした声色には不安が表れていた。
わかっていても励ましてやりたいと思ってくれたのかもしれない。

「うん……、そうだといいけど」


でも……、
独りで抱える問題にしては重すぎる。
そんな気がして……。


暗いところでうずくまっている昌の姿が脳裏に浮かぶ。
彼はいつも笑顔でいるけれど、どこか境界線を引いていて立ち入れないところがある。
誰しもそういうところはあるけれど、たぶんもっと暗くて深い……。






「なんかね……」

急に話をきりだした俺を見て、
物の怪はスッと地面に着地し、おすわりの格好で聞く姿勢をとった。

そんな姿がおかしくて、すこし心が和んだ。


「昌は……、
ときどき、すごく痛そうな顔をするんだ……。
……うまく言えないけど、胸のここらへんがキュッとなる。
笑っていても、心からは笑っていない。
そんな感じ。

双子だから、
繋がっているから伝わってくる。
どこか淋しくて……、泣きそうで、危うくて……。
いつも……、その度にどうにかしてあげたかった。
そんな辛い顔させたくなかった。

だってそばにいるのに……。
なにもできない自分が嫌で、情けないんだ。

ごめんって言われると、余計に辛くて……」


本当に辛いのは彼だったはずなのに、傷つけてしまった。傷口を広げてしまった。

想いが空回りしてうまくいかない。

「俺……、どうしたらよかったんだろう。
これからどうすればいいんだろう」


目を伏せて押し黙った……。
これ以上昌に辛い想いを背負ってほしくない。
けど、彼がそれを分けてくれないから……。




重くなった空気を打ち消すように、子供っぽい高い声が響いた。


「ばーか。

俺に聞くなよ。
これは二人の問題なんだろ?
お門違いも甚だしい。
このブラコンめ」

物の怪は半眼になってそう言った。




「なっ!?」

いきなりシリアスな展開をぶち壊しにされて、ついていけなかった。
そしてまた、唐突に終わりを告げる。


「でも……、もし、俺なら
そっとしておいてほしいと思う。
言いたくないから、言わないんじゃない。
言えないから、言わない。
それとよく似てる気がするんだ。

……、だからせめて昌がいつも通り振る舞えるようにしてやりたい。
待つだけっていうのは浩人にとって辛いだろうけど……」

目をじっと見据えて言った。
物の怪もまた、すこし痛そうな顔をしていた。

俺は重さを感じさせない体を胸に抱き寄せた。
抗議のつもりで身じろぐ彼はしばらくすると諦め、すっぽりとおさまった。

「辛くないよ。
だって、こうして紅蓮がいてくれるから……。
ひとりぼっちなんかじゃないもの」

抱く手にギュッと力を込めた。

「辛いとしたら、
昌がずっと、独りだと思い込んでいること」

こんなにいつも一緒にいるのに……。
独りだなんて……。
そんなこと思わせたくないんだ……。
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