うたかたの幸いをこの手に

□祭に響く歎きの声〜中〜
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「なんだ!?」

突然、自分の教室から禍々しいものを感じた。
物の怪もピンと耳をたてて強張っている。


「急げっ!」

言われなくともと、全速力で走り出した。

行き交う生徒達が血相を変えて通り過ぎる俺を、不思議そうに見ていた。
戸からは黒くて重いものが漏れだしている。


駆け付けたとき、そこは混沌。
何かが起こったのに、わからないそんな面持ちで慌てるクラスメイト。
敏感に反応して、軽く気を失っている者もいた。

でも、驚いたのはそれじゃない。
昌が……、昌がそこにいて、黒いものを発する机に吸い寄せられていた。

「昌っ!」


人前で術を使うわけにはいかない。
だけど……、


「結界をっ」

物の怪の声にハッとした。
とっさに目隠しに結界を張る。
苦手だとか、言ってられない。

駆け寄ろうとするが、間に合わない。

「それに触っちゃダメだ!
昌!」

どんなに叫んでも俺の声は届かない。

「昌ー!」

操られるように彼の手が机に触れる……。
息を呑んだ。

間に合わなかった……。
俺はドサッと崩れる彼を直前で抱き留め、仰向けに寝かせた。


触れた直後、ぶわっと澱んだ黒い空気が溢れ出した。
昌の霊力を取り込んで肥大化らしい。
やつは黒々とただようものを人の形にして、俺達の前に姿を現した。

「この子は淋しいのね」

ノイズが混じったような声で囁く。

「なっ!?」

こいつは昌の孤独につけ込んだのか!
カッとなって符を取り出した。


「浩人!
落ち着け!」

物の怪は紅い闘気を纏って俺を制す。
ここで力任せに叩きのめせば脆い結界が壊れてしまう。

表の顔の俺はあくまでただの中学生。
そりゃ、ちょっとはじい様の噂で騒がれることはある。
だからといって、こんな真っ昼間の学校で正体をばらすわけにはいかないのだ。

「分かってる」

くそっ!
小さく舌打ちをし、刀印を組む。

「縛縛縛、不動縛!」


焦ったせいで、狙いを外してしまった。
物の怪が結界を壊さない程度に力を強め、炎を向ける。

「ふふ……、力が出せないのね。この子の力不足で」

真っ黒でうかがえない顔がニヤリと笑っているような気がした。
笑い声と共にゆらりと揺れる。



「黙れっ!
浩人を侮辱するな!」

ーーピキッーー

結界にヒビが入る。

その言葉に感情の高まりが抑えきれない紅蓮は一触即発だ。
人に落ち着けと言っておきながら……。

「紅蓮引けっ!
もう……、この結界は持たない」

言い終えると同時に結界が消失した。


黒い影はこの時を待っていたといわんばかりにしゅるしゅると逃げ出した。
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