うたかたの幸いをこの手に
□祭に響く歎きの声〜中〜
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目を開けるとよく知っているけど、それほどは見慣れない天井。
いろんなものが白くて、消毒液の臭いが鼻につく。
どうしてだろう。
すごく寂しい……。
寒い……。
身を縮めて、掛け布団を上まで引っ張りあげる。
もう夏が来るというのに指先は凍えるほどに冷たい。
「ヒロ……」
口が勝手に彼の名前を呼ぶ。
なんで……、
こんなにも一緒いてほしいと思うんだろう。
酷いことをしたのに、身勝手だなぁ、俺……。
離れていることなんて、やっぱりできない。
けど、どうやって向き合えばいいんだろう……。
神気がひとつ……。
「勾陳?」
彼女は驚いたような顔で顕現した。
「完璧に気配を消していたつもりなのだがな……。
名前まで言い当てられるとは思わなかった」
「だって……、分かるよ。
みんなそれぞれ違う神気を纏っているんだから」
くしゃっと笑いかけて言った。
そして、自分が今おかれている状況について尋ねた。
「ここは保健室だ。
教室でなにがあったのかは知らんが、おまえは倒れたらしい。
しかもかなり霊力を消耗している。
私も訳を聞きたいところだが、今のおまえにそれを強いるつもりはない……。
じきに浩人が来るだろう。
それまで横になっていた方がいい」
手短にそれだけ答えた。
彼女は俺にあまり起きていてほしくないようだ。
「そっか」
大人しく目を閉じた。
混乱していて気づかなかったけれど、確かに霊力は限りなく削ぎ落とされている。
いつも無意識に、霊力を内側に抑えていた。
それを勾陳に悟られないよう、ゆっくりと解放する。
少なくとも一眠りしてからの回復でないと怪しまれるだろうから。
けど、どうしても浩人のことが気になって薄目を開けた。そんな俺に彼女はため息をついた。
「浩人は怒っていたよ……。
近づき難いほどに」
「そう……だよね」
いい澱んでシーツの中に顔を埋めた。
「おまえにじゃない。
あんないわくつきの物を持ってきたやつにだ。
"俺の昌に何かあったらどうするんだ"って。
そりゃあ、もうすごい剣幕で……」
顔を上げて、そろそろと勾陳を見る。
彼女はまた、呆れたようにため息をついた。
「今は篤史がなだめたおかげでなんとかなっている。
だが、出来るだけ早く無事な姿を見せてやるべきだ。
私はあいつの怒りを鎮めるのはごめんだからな……。
それと、伝言だ。
お弁当ありがとう、だと」
良かった。
間に合ったんだ……。
嬉しくて、思わず笑みがこぼれる。
彼女は微笑みを返して、俺の髪を撫でた。
「……これ以上は体に障る。
さっさと寝ろ」
ぶっきらぼうな口調とは裏腹に優しげな目をしていた。
それっきり隠形して、元の位置に戻っていく。
ヒロはバカだよ……。
俺が悪いのに……。
泣き笑いのようになる。
いつも優しくて、辛い。
でも、嬉しい。
このよくわからない気持ちを真っ直ぐ伝えられたらいいのに……。
今は無理でもいつか……。
それまで浩人が待っていてくれるのなら、きっと話そう。
身勝手でも、我が儘でも、
本当の気持ちを伝えないと、何も始まらないから。