うたかたの幸いをこの手に
□ありのままの季節で
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「寒っ」
ここは図書室。
俺は知らない間に図書委員に抜擢されていた。
本来、うちの学校の図書委員の仕事は少ない。
司書の先生がいるから、普段仕事はないのだ。
しかし長期休み前、つまり今回のような夏休みの前に書架整理が行われ、手伝いをさせられる。
勝手に選出されていたことには不満がないわけではないが、大抵みんな一人ひとつずつ仕事が割り当てられている。
今まで自分がやってこなかった分、誰かが肩代わりしてくれたのだろう。
そう考えると、文句は言えないと思うし、短期間で終わる仕事なのだ。
3日間もあれば終わらせることが出来る。
深呼吸して、目前の本棚を見つめ、意を決して仕事を始めた。
借りたまま返ってこない本を確認したり、分類と違うところに返されていた本をキチンと戻したり、
普段は掃除しない本棚の上の埃をとったり……。
仕事自体は嫌ではない。
「寒い……」
ただ、冷房が強過ぎるのだ。
もともとこの冷気が苦手で夏場でも長袖にベストを着ているのに……。
それでも肌寒い図書室は一体何度に設定しているのだろうか。
とりあえず、今日の分をさっさと片付けて帰ろう。
明日はカーディガンを持ってこよう。
そんなことを考えながら手の届くギリギリの高さの本を棚に戻していた。
「あっ!」
伸ばした手の先にある本が落ちそうになる。
それを支える自分より大きな手……。
「横着するな。
届かないのならば椅子にでも乗ればいいだろう」
ため息をつきながらそう言うのは敏次先輩。
彼は藤原敏次の生まれ変わり、だと思う。
何しろ、本人に全く自覚がないのだ。
ただ、前世からの因縁とは強く影響するもので、自然と惹かれあう。
今世でも、彼は俺の先輩でいろいろと世話を焼いてくれているのだ。
「ありがとうございます、先輩」
笑顔で礼を言った。
しかし、彼の目線は俺のシャツの袖口から離れない。
どうしたのだろうと訝しく思い、首を傾げた。
「先輩?」
「あ、あぁ、すまない。
この時期に長袖とは珍しいと思ったのだが……。
やはり校則としては夏服期間だし、先生に注意される前に改めるべきではないのか?」
これのことか。
一人で納得して、息をついた。
「冷房が苦手で……。
半袖は持ってはいますが、今のところ長袖ばかり着ています。
といっても、ほとんど弟の浩人が使っているんですよね。
一応、先生に許可はもらっているので問題はないと思います」
いまだに俺の虚弱説が蔓延るこの学校では、いろんな我が儘がまかり通る。
申し訳ないと思うこともあるけれど、この件に関してはありがたく利用させていただくことにする。
「そうか。
最近は体調が良くなったと聞くが、油断は禁物だな。
無理をするのは良くない。
それにしても、確かにここの冷房はいささか強すぎるというのには同感だな。
図書室は人の出入りが教室に比べ少ない分、冷えやすいのだろう」
彼はそう言って図書室を見渡した。
「今度、先生に掛け合ってみることにしよう。
このままでは環境にも良くないし、経費が無駄にかかるだけだ」
向き直って微笑む先輩に千年前の敏次殿が重なった。
あの時は不摂生だとかさんざん言われてしまったけれど、
本来、彼はすごく優しくて思いやりのある人だった。
実直で、今でも尊敬してしまう人柄。
俺は一度瞬きをしてから笑みを浮かべ、礼を述べた。