うたかたの幸いをこの手に

□ありのままの季節で
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「今日の分の作業はもう終わりそうなのか?
手も冷たくなっているようだし……」

先輩敏次は俺の指先の触れ、その冷たさに驚いたようだった。
そして、そのまま暖めてくれた。

「そう……、ですね。
あと少し残っていたんですが、明日にまわして今日は帰ることにします」

このまま作業を続けると、彼は手伝ってでも早く帰らせようとすると思う。
仕方ない、切り上げよう。

まだ作業をしている他の図書委員をよそ目に、いそいそと帰る準備を始める。
少し申し訳なく思いつつも、さようならと挨拶をして図書室を出た。




校舎から出るとむっとした暑さに顔をしかめた。
この温度差が嫌だなぁ。

平安の頃はここまで暑くなかった気がする。
四季の変化ももっと情緒があったのに……。
ゆらゆらと陽炎の立ち込めるコンクリートを見つめて、遠い昔を想った。

暑いのは確かだ。
エアコンで涼しさを得ようとするのは、しかたのないことかもしれない。

俺は木陰に入り、小さく真言をつむいだ。
さっと自分のまわりの熱気が退く。
これは人がいるときに使わないようにしている。
さっきも反対の術を使えば良かったのだろうけど、やっぱり……、ね。
どうしてもってとき以外は使いたくない。

実践優先の浩人はこの術を知らないらしいし……。
まぁ、こんなふうに自分の快適さのために使う癖がついたら困る。
はっきり言って、霊力の無駄遣いなのだから。


蝉の鳴き声がうるさく響いた。
この風景の中で昔の自然らしさを感じられるのは、この声ぐらいなのかもしれない。



そういえば、最近の浩人の夜警はどうなっているのだろう。
ふと、目線を上げてそんなことを思った。
テストで忙しい時は週に1回くらいだが、今の時期は夏休みを待つだけ。
毎日行かされたりしているのだろうか。
俺は普段通り、夜はぐっすりと寝てしまうし、あまり気にしていなかったけれど、近頃何となく浩人の機嫌が悪い気がする。
あくまでも何となくなんだけど。

俺もそろそろ浩人と一緒に夜警に行かされるのかもしれない。
近頃は体調を崩すことも無いし……。
急に具合の良くなったことにじい様はもちろん、あらゆる方面から不審をかっている。
良くなったんだから、あえて深く詮索するようなことはしないでほしいのになぁ。

じい様がどれくらい感づいているのかはわからないけれど、今のところ俺に陰陽術を使わせることが目的らしい。
浩人の夜警に同行させようとしていることを兄から聞いて知った。
一応、まだ万全ではないからと口添えしてもらっているから、行かずに済んでいる。
けれど、双子でありながら弟だけに大変な思いをさせていることは心が痛むのだ。
代わってあげられるのなら代わってあげたいし、一緒に行って負担を軽くしてあげれればいいんだけど、力がバレてしまうのは困る。

「はぁ……」
自宅が見えたところで小さくため息をつき、術を解いた。

ここの家の者として生まれたからには修業しなければならない。
わかってはいるけれども、
今の自分には昌浩だったこと告げるつもりも、知れてしまった後で今まで通りの暮らしを続けられるほど狸なわけでもない。

いつかはばれてしまうとはわかっているものの、そのいつかが来ないことを願っている。

甘いよなぁ。
こんなんじゃダメなのに。
もっとしゃんとしないと……。
だって……、浩人には本当のことを言えるようにするって約束したんだから……。
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