うたかたの幸いをこの手に

□ありのままの季節で
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部屋のドアを開けると、普通ではありえるはずのない光景が広がっていた。

「もっ、……、物の怪!?」

つい、もっくんと言いそうになった。
彼の耳がぴくりと動いたが、すぐにこう切り返してきた。

「物の怪言うな!」

俺の机にちょこんと鎮座している白い塊は少し不機嫌そう。
けれど、続きのお決まりの言葉を言わないでくれて助かった。
ほっと胸を撫で下ろす。

「ごめん、ごめん。
いきなりだったからちょっとビックリしてさ……。
えっと、俺になんか用だった?」

「用が無きゃ、来ちゃいけないのか?」

質問を質問で返される。
ともかく、彼は用事はないけど、浩人とは一緒にいないという選択をとっている。
珍しいこともあるものだなぁと目をしばたたかせた。

「別に。
ただ、珍しいと思って。
浩人と何かあったのか?」

「……」

物の怪は相変わらず不機嫌そうだ。
一定のリズムで揺れる尻尾がそのつどピシャリと教科書を叩く。
そこをどいてもらわないと勉強できないんだけど……。
だんまりを決め込む彼をひとまず放っておき、制服を着替える。
触らぬ神に祟りなし。
ズボンのシワを伸ばし、キッチリとハンガーにかけた。




「今日は遅かったんだな。
いつもはあいつより早く帰っているくせに」

「うん、図書室の書架整理だったんだ。
知らない間に図書委員になってたみたいでさ。
係決めに参加してなかったから文句は言えないんだけどね」

俺は側にあったベッドに腰を下ろして苦笑しつつ言う。
ちょうど物の怪との目線の高さが同じになった。

「おまえもいろいろと大変だなぁ。
やっと本調子になったばかりなのに……。
そんなもんは適当に理由をつけてサボればいいだろうが」

「そうはいかないよ。
だって、俺が休んでた分誰かが代わりにやってくれてたってことだろ?
理由があるならともかく、今は元気なんだしさ。
ズルするのって……、良くないと思う」

今まで知らない間にたくさん迷惑をかけてきたんだ。
この期に及んでまでずる休みするなんて……、俺にはできない。

「はぁーあ。
おまえってホントに真面目というか、律儀というか……。
浩人にもその謙虚さを分けてやりたいよ」

半眼になって物の怪は言った。

「ヒロは真面目だし、律儀だよ」

当たり前じゃないか、と夕焼け色の瞳を見つめた。
なぜか言葉を失って口をあんぐりと開けている。

「あんな勉強もしなくて、ゴロゴロしてばっかりの怠け者のど・こ・が真面目で律儀なんだ!」

「うわっ!」

彼は急に怒りだしたかと思ったら、勢いに任せて膝に飛び乗った。
思わず俺はのけ反って後ろに手をついた。

「びっくりするじゃんか、もう」

「どぉーして、おまえはそんなに浩人に甘いんだ。
そんなんだからあんなことをするような我が儘に育っちゃったんだぜ。
責任取れよなぁ」

くわっと牙が向けられる。
すごく、とばっちりをくらっている気がする……。

「そ、そんなこと言われても。
あんなことってなんだよ。」

近頃、浩人の機嫌が悪そうだったし、八つ当たりでもされたのだろうか。



「それは……」
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