うたかたの幸いをこの手に
□ありのままの季節で
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「確かに、それはヒロが悪いね」
どうやら浩人はエアコンが無いからといって勉強もせず、それを注意した物の怪を暑苦しいと非難して追い出したらしい。
「だろー。
兄貴としてここはバシッと言うべきだ」
兄としてと言われても、双子なんだけど……。
二人そろって叱られることはあっても、叱る経験はないかもしれない。
「でも、俺、そういうの慣れてないよ。
じい様や昌親兄さんに直談判した方が賢明だと思う」
「いや、おまえがやるべきだ」
物の怪の口元がニヤリと笑みを浮かべる。
「なんでさ?
また無意識に甘やかしちゃうかもよ。
うまくいくとは思えないけどなぁ」
彼の思考についていけなくて、戸惑ってしまう。
なんで俺がわざわざ……。
「それでもだ。
自覚してないのか?」
「だから何を?」
「浩人もおまえに弱いんだよ」
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ちょうど今日は浩人に勉強を教える日。
6月の定期テスト以来、俺はじい様に彼の家庭教師の任を受けた。
家庭教師というと大袈裟に聞こえるけど、実際には勉強をサボらないよう監視することが目的だと思う。
「あーつーいぃー」
「さっきから手が動いてないよ、ヒロ」
無駄だと分かっていても、一応注意する。
本当に無駄だ。
ぼふっと音がしてベッドが軋む音……。
読んでいた本から顔を上げると、大の字に寝転ぶ浩人がいた。
「ちょっと休憩するから。
30分くらいしたら起こしてよ」
勉強し始めて15分で30分の休憩をとるやつがあるか!
心の中では憤慨しつつも、横になった彼の側にピッタリと身を寄せた。
「じゃあ、俺もちょっと休憩」
そのまま目をつむる。
夏なのに、あえてお互いの体温を感じる距離に身を横たえたのは、それでも浩人が拒まないという自信があったから。
しばらくの間、ゆっくりとした二人分の息遣いが部屋を満たす。
そして、俺はおもむろに切り出した。
「ヒロ……、もし、暑くて勉強ができないんなら、
俺……、じい様に頼んであげてもいいよ。
だって、いつまでもこんなんじゃはかどらないだろ?」
「本当!?
いいの? そんなことが通るの?」
彼は身を起こして、詰め寄った。
顔と顔が近くなる。
俺は安心させるような笑顔を向けた。
「ヒロはじい様の後継なんだから。
ちゃんと勉強に集中できる環境を作った方がいいと思うんだ。
暑いとやる気がなくなるっていうのはよくわかるし……。
大丈夫、きっとなんとかなるよ」
「さすが、昌!
この恩は忘れないよー!」
ぎゅうっと後ろから抱きしめられる。
そろそろこんなことをするような年じゃないと思う。
浩人は無邪気に喜んでいる。
でも、ここからが本番。
純粋に喜んでくれている彼に良心が痛まないわけではない。
ヒロ……、ごめん。
俺、ちょっと卑怯だ……。