BOOK
□ネガイゴト
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「今年も雨か…。お願いはやっぱり届かないかな。去年と同じかも……はぁ〜」
僕はそのどんよりとした空を溜め息混じりで見上げて学校に向かった。
小さい時からデカいくせにすぐ泣くから意気地がないって言われて……
スポーツは運動神経が鈍いから自分からやらなかったし、ましてや喧嘩なんてとんでもない。痛いの嫌いだし、相手に痛い思いさせるのも嫌だった……
だけど……
小さい頃観たアメフトの試合で、僕の人生観が変わったんだ……
僕もあのフィールドに立ちたい……
その為には仲間を探さなくっちゃ!そう思ったら、どんな嫌な事があっても頑張れたんだ……
「おい糞デブ!テメェやる気あんのか?」
「え…え?わわっ!ごめんね蛭魔!」
「チッ!頭ン中また食べモンでいっぱいなのかよ!あと5時間我慢しやがれっ!」
「う、うん!頑張るよ!」
テスト期間が終了した今日からまた練習開始。嬉しくてたまらない筈なのに、僕の胸の中には、鉛のように重苦しい気持ちの塊がある。何でだろう?そう思いながら空を見る。
「雨…降るのかな?」
去年と同じような厚い雲が広がる空を見上げる。
「…糞デブ、帰りに屋上に来い」
ロッカールームで着替える仲間達の顔からさぁっと一斉に血の気が引いたのが分かる。
きっと今日の身の入らない練習をした僕に、蛭魔が何らかの制裁を加えるのだろうと考えたに違いない。
「だだだ、大丈夫なんですか?栗田さんっっ!」
「心配ないよ、セナ君。今日は僕が悪いんだしね」
思いっきり動揺した表情のセナ君には悪いけど、そのまま蛭魔の待つ屋上へ。
重い扉を開けると、腕組みをした蛭魔が待っていた。
「……何で呼ばれたか分かってんだろうな!あ?」
「……ごめん…蛭魔…」
この重苦しい気持ちが何か、僕はもう分かっていた。それは秋大会への希望よりも大きい不安。
蛭魔やセナ君、モン太君達は前だけ向いているのに、僕だけいつまでも足元がおぼつかなくて……
「ほらよ」
「え…?わっとっと!」
突然蛭魔が僕に放った物はアメフトのボール。と、サインペン?
「テメェの…今の気持ちをボールに書いてみろ」
な、何だろう?新しい練習法なのかな?それとも…僕の遺言ボール?そんな事ない…よね?いや、蛭魔はやりかねないか。
兎に角、今の僕の想いを書いてみた。
「…よこせ」
「うん…」
ボールを受け取ると、いつの間に用意したのか、蛭魔の愛用のロケット・ランチャーが肩に担がれていた。
「耳!塞いでろ!」
「で?えええ?蛭魔っ!!」
僕の遺言…じゃなかった想いを書いたボールを筒の中に入れたかと思うと、天空に向かってロケット・ランチャーが爆音と共に火を噴いた。
「YA-HA-!飛んでいきやがれっ!」
アメフトボールは、湿気で重い空気を切り裂く勢いで上空に向かう。そして厚い灰色の雲の中へと飛び込んでいった。
「うそ……消えちゃった…」
茫然と見上げる僕の横で蛭魔は満足そうに見上げていた。
「届いたに決まってんだろう」
「ど、どこに?天国…なんて言わないでよね」
「は?違えよ!今日は七夕だろ!天の川だろうが!」
非科学的で非合理的な事は信じない蛭魔の口から、七夕なんてロマンチックな単語が出るなんて!三途の川の間違いじゃなくて?そんな!今日は僕の誕生日なのに命日にする……って…あれ?
「テメェの気持ち、天の川に乗っかったみたいだぜ」
「そう…かなあ…。叶うのかなあ」
「叶うんじゃねえ」
「え?」
キョトンとした僕に、いつもの不敵な笑顔の蛭魔が言う。
「叶えんだよ。俺らが」
「蛭魔…」
「用事は済んだ。さっさと帰れ、糞デブ」
そう言うと扉を開けて階段を降り始めた。何?一体蛭魔は何であんな事したの?僕には蛭魔の高性能の頭脳の考えが全く分からない。
「ひるまぁ〜!」
階段の上から蛭魔に呼びかけるけど姿が見えない。でも階段を降りる革靴の音が響く。
「糞デブ…去年みてぇに泣きそうになってんじゃねえよ…晴れりゃいいって訳じゃねぇんだぞ…」
薄暗い階段のどこからか蛭魔の静かな声が聞こえる。
「ったく。誕生日なんだからよ。願い事が…しみったれたモンになるじゃねえか」
「ひ…」
「……今年は…叶えるからな。…夏休み、覚悟しとけ」
革靴の音が小さくなって聞こえなくなる頃、僕は階段に座ってわんわん泣いた。
泣いてるのが分かると蛭魔に叱られるから。でも泣きたかった。蛭魔の普段見せないぶっきらぼうな優しさに。
「誕生日…知ってたんだ…ありがとう蛭魔…グスッ…」
アメフトボールに書いた想いは……
『蛭魔と武蔵と僕とデビルバッツのみんなでクリスマスボウルに行けますように』
願いを叶える為の、そのフィールドに、今年は僕も立つんだ。絶対。
校舎の外に出ると、月も見えない黒い空。でも空の向こうにはきっと夏の綺麗な天の川があるんだよね。
僕の想いを書いたアメフトボールが流れているのかな?そんな風に考えたら楽しくなった。
ふと、これは蛭魔からの誕生日プレゼントだったのかなと考えたら、思い出したようにお腹がぐうぐう鳴りだした。
「よ〜し!明日からまた頑張るぞ!」
駆け出す僕の背中には、まるで翼があるみたいに嘘のように体が軽く感じられた。
END
2011/8/1
※遅くなったけど、栗たん誕生日おめでとう!読んで下さってありがとうございます。