BOOK
□ちょっとそこまで
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「23:40か、よし」
5回コール鳴らして出なかったら止めよう。通話中でもやはり諦めよう。
白い世界と黒い世界が織り成すこの日は、やけに寒く思う。
ああ、大寒を迎えてから生まれたんだよな。
アンタの産まれた日もこんなに寒かったのかねえ……
発信音を待つとすぐにコールが鳴る。鳴る度に心臓が落ち着かなくなる。静かにしてくれないか?こんなの、普段のあたしらしくないじゃないか。
『おう、どした?露峰』
携帯越しの声はいつもの相変わらずのトーンで。
「いや、大した用じゃないけどさ。明日の練習メニューについて、な」
普段と変わらない会話をしているのに、あたしの心臓は、これから度胸試しでもするみたいに激しく高鳴っている。
『明日?……ん?お前、もしかして外か?』
「え……ああ。ちょっとコンビニに行くから出た」
『いいのか?露峰家のお嬢さんが夜中にコンビニ一人で行って』
「煩いね!あたしの勝手だろ!」
っと、いけない!うっかり大きな声を出しちまった。閑静な住宅街にあたしの声が響いてしまうのはマズい。思わずキョロキョロと辺りを見回してしまうが、誰も歩いてなどいない。
23:50か、あとチョイだ。
突き刺すような夜の空気の中、あたしは歩く。ただ伝える為だけに。
『練習は霧峰に任せたメニューでいいぜ。春の合宿もそろそろ準備しねえとな』
「ああ、了解」
他愛ない会話を気付かれないように続ける。足元にはうっすらと積もった雪。その雪はまだ誰も歩いていないのであたしの足跡だけが残っていた。
いつの間にか沢山の足跡が残されているが、これもあたしの足跡。
馬鹿なあたしは同じ場所をぐるぐる回っているんだ。
「ハックシュン!」
『あ?大丈夫かよ?……コンビニまだ着かねえのか?』
「いや、もう目の前だ」
こんな寒い中30分以上も同じ場所をぐるぐる回ってるってなんて言える訳ないしね。
時計を確認する。
0:00ジャスト。よし!
「葉柱」
『おう』
伝えたい言葉を
「誕生日おめでとう」
誰よりも先に伝えたくて
舎弟達より、家族より先に伝えたかったから
「ありがとう露峰」
「え……」
携帯越しからでないクリアな声に、思わず振り返る。
髪を整えていないジャージ姿の葉柱が携帯持って立っていた。
「なんで…わかった?」
「お前、声でけえよ。表の声とくしゃみでバレバレだったぜ。お前の家からは、また随分と遠いコンビニに行くのな」
「……」
逢いたいから来た訳じゃない。逢えなくても出来るだけ葉柱の傍でおめでとうを言いたかっただけだ。
足元の沢山の足跡を見た葉柱がふわりと笑った。
「寒いからラーメン食いに行かね?コンビニよか旨いラーメンがあるぜ♪」
「……ふん、不味かったらぶっ飛ばすからね」
真夜中に二人歩き出す。静かな夜に、ゆっくり、確かめるように。
あたしの足跡よりもデカい、その足跡をついて行く。
何故だろう。多分、これからもあたしは間違いなくついて行く。そんな事を考えていた。
END
2011/1/26(8/22改)
※葉柱の誕生日記念にMemoに書いた作品を、なんとか綺麗に纏めて再掲載。ルイメグは好き。うん、ルイヒルの次にね(爆)