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□おとぎばなし
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 あ、俺、コイツが好きなのかも。そんな事に気付いてしまった葉柱が居たのは夜の帳も落ちた泥門の部室。

 カジノテーブルに頬杖をつきながらテーブルの反対側にいる蛭魔を見る。
 向こうは後ろを向いているから、見られている事に気付いていない筈。
 相変わらず尖った耳に、大きめのピアス。襟足を見れば、ちょっとだけ茶色の産毛が顔を覗かせている。あ、やっぱ染めてんのか。そりゃそうか、長めの睫毛は濃い茶色だもんな。でも瞳は光に当たると碧い色を放つのを太陽の下で知った。
 コイツ髭生えんのかと思うくらい綺麗な肌。俺は一日置きに剃らないとシマらねぇ面になる。
 キーを叩く指も男のようなゴツゴツしたものではなく、ピアニストのように細く長い。なんだかPCのキーではなくピアノの鍵盤をひいてるように見えてくるから不思議だ。



 こんな光景をほぼ毎日見ているのに、俺は何故見飽きないのか。
 非人道的な扱いをされながらも、此処へ来るのは何故なのか。



「テメェ、何ガンつけてんだよっ!」
「えっ!いや別に!」

 突然蛭魔が振り向いたと思えば同時に銃口が此方に向けられていて、葉柱は反射的にホールドアップ。ガン飛ばしてたんじゃなくて見とれてた…と言ったら、蛭魔は迷うことなく引き金を引くだろうから止めた。

「仕方ないじゃない、いつも待たせているのは蛭魔君なんだから。葉柱君も暇よね。はい、ミルクティ」
「おう。…えっと、姉崎だっけか?サンキュー」
「ケッ、男のくせにミルクティとはね」
「やかましい!お前、あとどんぐらいかかんだよっ!」
「30分強…」

 泥門アメフト部のマネージャーの姉崎がいれたミルクティを口に含みながらガックリと肩が落ちる。まだ30分はこうして座ってんのかよと葉柱は下がり気味の眉を惜しげもなく哀しげに下げた。

「じゃ、蛭魔君戸締まりよろしくね。葉柱君さよなら」
「あ?ああ…」

 壁の時計を見れば夜の8時。まだ30分は蛭魔は動かない。隙を持て余していた葉柱が姉崎に声をかけた。

「なあ、姉崎。駅まで乗せてやるよ」
「え?」

 振り向く姉崎とほぼ同時に蛭魔の指が止まる。


「女1人で物騒だからよ。駅までなら余裕で30分以内に帰……」
「駄目だ!」
「へ?」

 PCから目を外しはしないが、蛭魔はかなり尖った声で葉柱の言葉を遮った。

「…あと10分で終わる。…大人しく忠犬面してろ!糞奴隷!」
「カッ!誰がっ!……ったく!」

 早く終わらせられるなら、何故30分なんて言うんだと葉柱は思いつつ姉崎に手をあげてすまないと告げる。

「ありがとう葉柱君。またね。……あ…」

 部室を出ようとしていた姉崎が何か思い出したように立ち止まる。

「そうそう。あのね、今泥門で面白い“都市伝説”流行ってるの」
「?」
「夜まで校舎に残っている女の子達がね、その人達を見ると恋が叶うって“都市伝説”なの」

 全く、世の女子高生は恋だの占いだの、夢見がちなお年頃なんだろうか。“都市伝説”なんて、単なる噂が一人歩きしたものでなんの根拠もないのに。馬鹿らしい、と葉柱は温くなったミルクティを口に運ぶ。

「あのね、月の輝く夜に、黒い馬に乗った白い服の王子様と金髪のお姫様が、泥門の校内を楽しそうに走っている姿を見ると、自分の恋が叶うって聞いたの」

 蛭魔の銃が床に落下する。葉柱が盛大にミルクティを噴き出す。

「ぶはっ!ゲホゲホッ!……な、なっ、何?」
「〜〜〜っ!糞っ…!マネ!テメェ…」
「やだ、蛭魔君ったら。私はそう聞いただけよ。じゃ、また明日ね♪」

 爽やかな笑顔と、とんでもない爆弾を投下して姉崎は部室を出て行った。
 蛭魔は、なんでわざわざ葉柱の前で言うのか、ついでに最後の♪は一体どういう意味なんだ!とか、全く言えずに行かせてしまいギリギリと歯ぎしりをする。
 汚してしまったテーブルを律儀に台ふきんで拭く葉柱の肩が小刻みに震えていたが、蛭魔は無視してPCの電源を落とす事にした。

「帰るぞ!糞奴隷!」
「〜くくっ。お、ぉう…」

 涙目で笑いを堪える葉柱を蹴りながら部室の外へ追い出す。
 ゼファーに跨る葉柱はまだ笑っていた。

「くくく…。お姫様……」
「っ!何笑ってやがるっ!」
「い、いや。そりゃ王子様の後ろはお姫様だけのモンだろな〜と思ってな」

 ドスっと葉柱の脇腹に拳が入り、グエッと葉柱が唸る。ケケケっと蛭魔が笑い、さっさと出せと痛さで唸る葉柱に蹴りをいれた。
 別の意味で涙目になった葉柱は、やっぱり非人道的なこのご主人様を、どうして好きになったのかと心の中で嘆いたがもう遅い。
 誰であろうと俺の背中を他の奴には渡すつもりがない事がちょっぴり、どころかかなり嬉しく感じる自分を認識してしまったのだから。
 葉柱は殴られたのに何故か鼻歌混じりでゼファーを出す。その背中に向かって無言で蛭魔は叫んでいた。

 テメェは俺の奴隷なんだから俺以外乗せる事は許さねえ!俺だけ見てりゃいいんだよ!さっきみたいにな……。

 葉柱が部室でじっと自分を見つめていたのに気付いて、嬉しいやら恥ずかしいやらで、つい銃口を向けてしまった。
 姉崎は俺が葉柱に友達とは違う感情を抱いていると感づいているのかも知れない。先ほどの発言を考えるとつくづく女は恐ろしい生き物だ、と蛭魔は溜め息をつきながら上空を見る。

 月の美しい夜。けれどもうすぐ梅雨入りだ。雨が降れば葉柱を呼べない。そして梅雨が開ければ目前に夏休み。チッと舌打ちをしてしまう。
 呼べない。逢えない。……そして……

 蛭魔は少しだけ葉柱の背中にもたれ思う。

 王子様とお姫様は末永く幸せに暮らすんだろ?どんなお話しでも最後はハッピーエンド。俺達が本当の王子様とお姫様なら…。なぁ、葉柱…お前も…そう思ってたら……いいのにな…



 二人の想いを黒い馬は乗せて、今夜も走り出した。



END



おとぎばなし



2010/5/1
※ルイヒル「PEEKABOO」シリーズ。
お互いが気になり始めた時期で、あのアメリカ合宿前のお話し。
ルイヒルのリク、ありがとうございました。

この作品はあめだま様のみお持ち帰り可でございます。
 
 
 

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