BOOK
□恋のカードと割烹着
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恋なんてその辺に落ちてるよ、なんてさ、今まさにハッピーですう♪って阿呆面した人から言われたくないわよ。
1円落ちてたって拾うのを躊躇うアタシが、勇気を振り絞って『恋』なんて大金拾える訳がない。
落ちてても気付かない振りして通り過ぎるんだ、きっと……
「次の競技は二年男女混合による泥門恒例『運命のカードレース』!
さあ、どんな指令のカードを引いてしまうのか!いよいよスタートです」
泥門高校の体育祭の目玉の一つ『運命のカードレース』。すっごくワクワクする。でもそれは観客側の場合だけどね……
「なんでアタシはくじ運が悪いのか…」
「よう!お前も出んのか?」
「ゲッ!戸叶、アンタも?うわっ、絶対負けたくない!」
スタートラインに立つ私の横は、隣のクラスで幼なじみの戸叶庄三。コイツは無類のWJ好きで、本屋を営んでいるウチで毎週買って行く。
ま、お得意さんには違いないけど、WJ以外買っていった事がない。ちっとは店の売上に貢献しろやっ!
「チッ!今週の『ONE PIECE』読みてえのに。サッサと終わらせて買いに行くか」
あ、アタシ、本屋の特権で発売前にもう読んだから知ってる。でも教えてやんな〜いっと。
バーンと合図と共に一斉に走り出す!しかしこれは『運命のカードレース』。単に速さを競うのではない。
先ず第一関門の『学問のカード』を適当に拾って受付に渡す。
カードに書かれているナンバーのプレートとマジックを渡される。其処には各教科の中から一つ問題が出され、正解しないと次に進めない。
「あ、ラッキー♪漢字の読み書きじゃん。得意なんだよね」
あちこちで歴史上の人物の名前や英語の綴りが飛び交っている中、私は軽くクリアして一位で通過。
第二関門は『スポーツのカード』。
「おっ!バスケのシュート?バスケ部のアタシにはチョロい♪」
縄跳びの二重跳びや腕立て伏せしてる人達の横をすい〜っと、此処も楽々一位通過。
次は『コスプレのカード』。
「うっっっ!ちょっ!何よ、これ〜」
“水着を着て浮き輪を抱え最後のカードを拾え”
「この水着……ビキニじゃん!いくら体操服の上からっても…メッチャ恥ずかしい!」
恥ずかしくて悩んでいたけど、すぐに二位の人がやってきた。ええい!女は度胸!こうなりゃやけくそ!
みんなが大爆笑する中、派手な水着を身に付けて浮き輪を抱えて次のカードを拾う。
これがこのレース最大の難関。『マジのカード』
「…え……」
“自分の好きな異性とゴールする。家族、教師不可”
嘘だと発覚した場合、その場でその人物の組は0点、所謂振り出しに戻されるのだ。だから絶対に嘘の報告をしてはいけない。故に『マジのカード』。
「どうしよう……だって…今…好きな人いない…」
嘘ではない。本当に“今”好きになってる相手がいないのだ。
「どうしよう……。ビリどころかゴールもできない…」
立ち尽くしたままのアタシの隣に息急ききって走りこんできた戸叶の姿は…。
三角巾を頭に巻いて、片手にお玉持って割烹着着ていた。まるで昭和のお母ちゃん姿。
「やだ!戸叶、ウケるんだけどぉ〜」
「うっせえよ!お前こそ似合わねえ水着姿晒してんじゃねえっ!」
おっと!戸叶と遊んでる場合じゃない!このカードをどうにかしないと……
「仕方ない、あの手を使うか。戸叶、カード交換して!」
「ハァァァ?」
この『マジのカード』の使用時のみ使える特別ルール。それはお互いのカードを交換できる事。
しかし、このルールを適用できるのは先にカードの交換を希望した者で、交換を指定された相手は拒否ができない。
けれど、交換したからといって希望した者が有利になる訳でもなく、不利になる可能性もある。これが『運命のカードレース』の醍醐味なのだ。
なんて解説してる場合じゃなくて!戸叶から奪うように取ったカードを見れば……
“隣のクラスの眼鏡君と一緒にゴールする”
「アンタじゃないかっっ!」
ガッと戸叶の腕を掴んでゴールへとひた走る!戸叶がなんか叫んでるけど知ったこっちゃない!きっと交換したカード内容を見て文句を言ってるに違いないんだから!
最後の受付にカードを渡す。
「え〜と、“隣のクラスの眼鏡君”…間違いないですね。ハイ!一位です。
で…その眼鏡君は…“自分の好きな異性とゴールする。家族、教師不可”ですが……」
「あ?俺、コイツの事昔っから好きだったんだけど…」
「嘘ではないですね?」
「ハァァァ?こんなこっぱずかしい告白、嘘でも言いたかねえっての!」
「わかりました。では同着1位と認めます」
は?
何?このやり取り…
「え〜皆さんにお知らせです。2組と3組は同着1位とさせていただきます」
アナウンスと共に紅組白組からも拍手喝采を受けながらレース終了の整列。さっきの受付と戸叶のやり取りがしっくりこないアタシ。
「ちょっと、戸叶。あんな嘘、いつかバレるよ」
「嘘じゃねえっての」
「……」
「お前にさっき言ったろ?こんなトコで告っても怒らないか?ってよ」
「あ〜。さっきそんなコト叫んでたの」
「つぅか、お前」
すっごくムッとした顔して戸叶がアタシを見る。
「鈍すぎね?なんでわざわざ毎週お前の店行ってWJ買ってると思ってんだよ!」
プイッと横向く戸叶の耳が気のせいか赤い。その言葉と赤い耳で一気に気がついた。
WJならうちの店じゃなくたって買える。なのにわざわざうちの店に買いに来るその理由……
小学生の頃からたまに店番してたら、戸叶が買いに来て、一緒にWJ読んだりお菓子食べたりしてたっけ。中学生になってもアタシが店番してる時にやってきて、下らないお喋りをしてたなぁ。
アタシが店番をする時はいつもWJの発売日。だって戸叶が買いに来るから……
そっか、アタシ……。戸叶に会いたかったんだ。
整列が終わり、各自クラスへと戻る途中に戸叶が振り向いた。
「今日WJ買いに行くからよ〜!返事ちゃんと考えておけよ!」
返事?ああそっか。戸叶はアタシが好きなんだよね。
アタシは……
あれ?どうして胸がキュンとなるんだろう。
もしかして……。これってもしかしたら……
「しゃ〜ない。戸叶の為に店番してやっか!」
クラスに戻った戸叶が、友人達にからかわれてる姿に苦笑いしながらアタシは何となく思った。
『恋』はその辺に転がってなんかいない。だからアタシには見つけられなかったんだ。
だって、ずっと自分の傍にあった。近すぎて見えなかっただけ。
アタシは、落とさないよう、壊さないよう、この『恋』を大事に抱え込んだ。
END
2010/6/22〜9/28
※二年生の戸叶の時の体育祭。思いっきり捏造(笑)
こんなレースあったらマジ怖い…
読んで下さってありがとうございました。