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□夏のブルースが聴こえる
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夏のブルースが
聴こえる



「まだ見つかんねぇの?そのギョロい目ん玉は何の為にあんだ?そのびょ〜んと長い腕は何の為にあんだ?」
「やかましいっ!誰のせいでこんな事やってんだよっ!テメェぶっ殺…!」
「500万」
「くっ!〜〜!チッ!…あ"〜〜クソがぁっっ!」
「そ〜そ〜。大人しく俺の言うこと聞いとけ。糞奴隷」



 夜のデビルバッツの部室に葉柱の怒号が響く。だが俺は特に気にするでもなくパソコンに向かう。
 葉柱は部室の隅や用具の裏など、片っ端から探し回っている。まあ、そう仕向けたのは俺だが。





「おぅ…来たぜ。あとどんくらいで終わんだ?」
「30分強……。おい糞奴隷、テメェに仕事やる。俺が終わるまでに見つけろ」
「カッ?」
「俺の部屋の鍵がな、飛ばして遊んでたら消えた。部室のどっかにあるから探せ」
「……は…あ?」
「二度は言わねぇぞ。さっさと探せ!」
「……ったく!ガキみてぇな事してんなよ。テメェ…」

 葉柱は白ランを脱ぎ、ため息をつきながら見て回る。狭い部室なのでちゃんと探しゃ見つかるだろ?

 ぶつぶつと文句垂れながらも探している葉柱の姿を追う。
 かれこれコイツを奴隷にしてから2ヶ月は経つが、いい奴隷ができたと思った。アメフト絡みで使うにはもってこいの奴隷だ。
 けれどよく考えれば今はアメフトに関係なく始終呼び出す始末。コイツはそんなの気にしてねぇって感じだし、まぁ俺には都合がいい。

 外は陽も沈んだというのにムッとくる暑さ。多分25℃はあるだろうか。部室の中は22℃にエアコンを設定してあるので快適だ。だが体を動かすとやはり汗が出るのだろう、葉柱のツルンとした額にジワリと汗が見える。カタカタとキーボードを打っていても、視界の端に葉柱を捉えてしまう。

 どうせご主人様の命令だから仕方なく探してんだろ?
 もし、友達の頼みなら、テメェはぶつぶつ文句垂れずに探してくれんのか?
 もし、友達なら笑いながらバイクのケツに乗せてくれんのか?

 もし……なんて、俺の発言には有り得ない部類の陳述副詞を出すなんて、暑さで頭がイかれる寸前なのか?

「はぁ〜。もう後は此処っきゃねえぞ」

 葉柱はロッカーの列を見上げながら汗を拭う。パイプ椅子に乗り、ロッカーの裏側を携帯の撮影用のライトで照らしながら覗く。

「あ、そうだ。確かその辺に飛んでった気がするぜ」
「テメっ!早く言えよっ!無駄に汗かいたろ!」

 暑さのせいか、犬でもないのに長い舌が出しっぱなしで怒っても迫力なんかねぇからやめろ。笑えるだけだ。

 葉柱はロッカーを一つずつずらしながら間を覗くが、幅は30センチも開かない為頭を突っ込んで見られない。観念したのか長い腕を差し込み裏を弄る事にしたらしい。

「あ、なんかあった」

 出てきたのはエロ本。多分あの3兄弟だろ。こんなトコに隠しやがって!手帳に追加してやるか。

「あ?なんだこれ?」

 色紙とサインペンのセット………多分どころじゃねえな。絶対あの馬鹿だ。

「まだなんか……」

 スクラップブック?開けば…鬼兵の記事。嗚呼……全く!糞デブがっ!

「いいから余計なモン見つけてねぇで、俺の部屋の鍵見つけろ!」
「へ〜へ〜」

 きりが良いのでデーター処理を終了させPCをシャットダウンさせて鞄にしまう。
 葉柱を見れば、服が汚れるのも構わず右腕や逆の左腕を突っ込んだりして探している。

「あ〜、畜生!もうちっと待ってろ。あと半分もねぇからよ」

 右腕を突っ込みながら此方を向く葉柱の顔や頭には埃が付いていた。



 ……馬鹿じゃねえの?たかが口約束なのによ。なんで、そんな一生懸命に命令守ってんだ?なんで、賊学のヘッドなのにそんな姿俺の前で晒せるんだ?
 そんなの見てるとよ、なんだか無性に胸ン中掻きむしりたくなんだよ。訳分かんねえ感情が湧き上がってきて自分でどうする事もできねぇ。
 でも……命令に素直に従うテメェを見るのも今日までだっけな。訳分かんねえ感情に振り回されるのもおしまいになんのか?だったら……

「ん〜、ん?違うか…。んじゃこっち……うおっ!な、何だよ蛭魔…」

 葉柱が体勢を反転させてびっくりした。葉柱と同じように床に寝そべり頬杖をつく俺を見たからだ。

「ケケケっ、暇なんでな。変幻自在の糞爬虫類の顔見るのは楽しいな」
「……悪趣味だな」

 いや、実際楽しい。
 俺の命令にいつも眉間に深い皺を寄せる面より、目ん玉明後日向いて考える表情や、アメフトの試合を真剣に観るピーコックグリーンの虹彩をした瞳や、不良の癖に、嘘を吐かない替わりに舌が飛び出る口元。
 どれも俺の興味をそそるおもしれえ奴で…凄く気になる奴……



 チャリ、と金属の音がした。

「ん?」

 葉柱の顔がハッとした表情に代わる。あの丸っこい指先で音の出どころを探し当てている。
 チャリチャリ、と今度ははっきりした音がした。

「この形状は…鍵っぽいぜ」
「ほぉ…。んじゃ、任務完了な」
「カッ?」



 汗と埃まみれの葉柱の顔に近づき、薄開きの唇に躊躇う事なくキスをした。



「っっ!!!な、な、なぁ〜〜?」



 葉柱は見た事もねぇくらい真っ赤な顔して、ロッカーから後ろに飛び退き、更にケツ付けたまま後ずさりした。相当驚いたらしい。

「な、何しやがるっ!」
「あ"?キスだろ?テメェ、シた事ねぇの?」
「馬鹿野郎!キスくらいシた事あるぜ。じゃなくて…何で…男の…俺にすんだよ!」
「従順な奴隷に、任務完了のご褒美あげただけだよ。何?足りねえ?」
「ちが〜うっ!テメェ…男にも…キス…すんのかよっ」

 相変わらず真っ赤に茹で上がった爬虫類面で俺を見上げる葉柱。びっくりした表情と、怯えるような色の瞳。
 そんな面、見たくもねぇが、そう仕向けたのは俺。多分、もう俺の期待する面は拝めない。それでいい。それでいいんだ……

「驚くなよ、男とも女ともキスシた事ねえよ。テメェにはこれがお初ってキス」
「嘘…言うんじゃねえよ!」
「嘘じゃねえ」

 本当だ。
 顔はいつものポーカーフェイスを気取ってるが、心臓は飛び出す寸前のような激しさで動き、恥ずかしさで熱くなった背中から汗が伝う。極度の緊張で膝も笑ってる。ただ葉柱にも余裕がないので気付かないだけだ。

「嘘くせえ…。だって……テメェ…バイ…じゃねえか!」
「あ"?」
「知ってんだぜ!テメェ…男と…女ともセックスしてんの…」

 視線を逸らせたまま、葉柱が話しにくそうに呟く。それを聞いた俺の心臓は、今度こそ体を突き破るかも知れないと思うくらい跳ねた。けれど、それでも俺は表情を崩さない。いや崩せねぇんだ。

「何だ?テメェ知ってたのか。確かに俺はどっちともセックスするぜ。
そうだな…中一くらいからだ。脅迫って手ぇ以外に情報料って事で相手してやってる。
そういや糞ドレッドとも1回だけシたぜ。契約料みたいなもんでな」
「情報料を…テメェの体で…払ってんのか?」
「アメフトやれれば、ケツや腰の痛みなんざ問題ねぇの。……何だよ、文句でもあんのかよ!」
「別に…蛭魔のする事に俺は関わりなんかねぇから口出しなんてしねぇが……。
でも…本当は嫌なんじゃね?いつ見ても…顔…辛そうだしよ…」
「…見て…?」
「蛭魔、たまに真夜中に呼び出してきた時あったろ?新宿とか…渋谷とか…。
そん時のテメェ、凄く疲れてて辛そうにしてたんでな。酔ってもないし場所や時間から考えてピンときた。
だから呼び出しのない日にテメェを尾行したんだ。案の定、女とラブホ。別の日は男の車で入るの見たし…。
でも…蛭魔気付いてねぇのかも知んねえな。テメェの面、楽しそうな感じまるっきり無かったぜ」

 薄々感づかれてるのはわかっていたが、尾行されていたとはな。何?俺嫌そうな面してたのか?顔に出してるつもりは無かったのに……

「ケッ、だったらそのネタで俺を脅迫して賭けをチャラにしようとは思わねえの?」
「は?人の性癖にいちゃもんつける程腐っちゃいねえよ。
それに…蛭魔相手にンな事やったらタダじゃ済まなさそうだしな」
「真面目で利口な不良だな、糞爬虫類」
「なぁ、蛭魔……」

 葉柱はひどく真面目な顔で俺を見る。コイツの事だから何言うのか分かる。分かるから言うな。

「あんな顔するくらい…嫌なら止めろ。ヤるなら好きな奴とヤればいいだろ?」
「…人外に言われる筋合いはねえ。鍵返せ」

 チャリンと鍵が俺の手に落ちる。握り締めると今まであった葉柱の温もりを感じる。
 外に出ると噎せかえるような湿気と暑さが纏わりつき不快になるが、鍵の温もりは気持ち悪く無かった。



 阿含に言われた事がある。キスはするな、と。



 相手に感情を見せない為にキスはするな。自分も、相手も勘違いをするから、と。

「勘違いか…」

 自分の心の変化は勘違いなのだろうか?
 答えは……出さない方がいい。

 蟠った心のまま夜空を見上げる。明日も晴れだろう。いい日にしてやろうじゃねえか。おれにも葉柱にも。
 湿気た面した葉柱に、俺は出来る限りの悪魔の微笑みで言ってやる。

「明日、楽しみにしてろ」



END



2010/7/9
※ヒルルイ「IMMORAL」シリーズ
シリーズ初の高校生編。奴隷解放宣言前夜のお話。『西風とありのままの俺たち』で葉柱回想シーンの蛭魔の涙はこのお話の後です。
このお話は華凛様のみお持ち帰り可でございます。

 
 
 

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