長編小説
□赤き咎人 W
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黒い髪をなびかせ、『人間』――ナツメはユンゲラーと共に地上へと降り立った。
同時に、ナナシマからヤマブキのジムへとテレポートする。瞬間移動能力を持ち、マチスやキョウに比べ自由に動けるナツメには色々な任務が任せられる――レッドの監視役や、各地でR団をまとめる役目だけでなく、挙げればキリがない程の……しかし重要な役目をいくつもこなしていた。
ジムの一室に戻ってきたナツメは、壁にかかっていた電話ではなく、巧妙に隠された壁中の電話の受話器をとった。
盗聴を防ぐために、一般の回線ではなく別の回線を密かに引いてあるのだ。もちろんポケギアなどは使わない。
コール音が途切れるのを待って、ナツメは口を開く。
「もしもし――やはり駄目です。バッジの力を持ってしても統制下に置くことはできませんでした」
ナツメの手の内で、未だホウオウの入ったボールがガタガタと音をたてていた。
その内側では、ハイパーボールの強度がなければ到底耐えられないほどのエネルギーが荒れ狂っている。
『フン……レッドの奴が捕獲の際に手酷く痛めつけたからな。元々のプライドが高いだけに、扱いも容易ではないか……』
受話器から漏れてくるのはサカキの声。
機械を通して聞こえてくる固い声は、その主の機嫌を悟らせない。
「ルギアも試しますか?」
『いや、無駄だろう。……ご苦労だったナツメ、ホウオウは返してくれ』
受話器を置き、サカキは自分の机の上に置かれた一つのボールに視線を向けた。
その中には、先日レッドが捕獲してきたルギアが収まっている。
サカキが見つめてくるのに気づいたルギアは、刃物のように鋭い光を宿した目で睨み返してきた。
ルギアは海の化身。
海は、普段は静かだが一度荒れれば自分を取り巻くものを容赦なく飲み込む。
ルギアも今はその怒りを溜め込み、解放する瞬間を待っているのだ。
「あの時のバトル……。レッドらしくないとは思っていたが、まさかこれを狙っていたのか……?」
そう呟く口調に苛立ちは聞き取れない。
むしろ面白がる響きがあった。
レッドはホウオウ捕獲の際、ミュウツーを使ってその体に大きなダメージを与え、それによってホウオウは人間に対する深い恨みを植え付けられた。
サカキ自身は目撃していないが、ルギアも同じように傷つけられたようだ。
捕獲した本人であるレッドならば無理やりに云う事を聞かせることはできるだろう。
しかし、それ以外の人間では三幹部と自分の持つ四つのバッジの力を使ったとしても操ることはできない……それほどのトラウマを植え付けられているのだ。
「……まぁいい。伝説のポケモンが使えずとも、切り札はすでに私の手の内にあるのだからな……!!」
“伝説”と呼ばれるポケモンの殆どは、強大な力を持つがゆえに攻撃が単調だ。
並みのトレーナーは蹴散らせても、レッドのような柔軟な戦い方ができる者には攻略されてしまう恐れがある。複数で一斉に襲われ、単純に力で押し切られても終わりだ。
サ・ファイ・ザーの計画が失敗したことで、サカキの興味は伝説のポケモン達から逸れていた。
しかし、ルギアとホウオウという『脅威』をこちらが手にしている限り、正義のジムリーダーを始めとするR団の反対勢力もうかつに手出しできなくなる。
今はこれで十分だ。
「せいぜい足掻くがいい、R団に二度の負けは無いぞ!」
不気味に笑みをこぼすサカキを見つめるルギアの瞳が、その悪意を吸収したかのように凶悪な光を強くした。
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