長編小説
□赤き咎人 W
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「…ヒマねぇ…」
つぶやいたブルーの長い髪が風にあおられる。
視線の先には地平の果てまで広がる深い青。
……そう、ここは海の上。
「すぐに忙しくなる」
「グリーン…」
クチバから出港した、サントアンヌ号。
その甲板の手すりにもたれていたブルーの隣にやってきたグリーンは、持っていた二つのカップの片方をブルーに手渡す。
紙コップに入った温かな紅茶をありがたく受け取り、潮風で冷えた身体を暖めながら、ブルーは変わらず海を眺める。
ブルーの傍らにとどまるグリーンも、ここ最近には無かった静けさをたたえた瞳で同じ方角を見つめていた。
…タマムシでの騒動の後、すべきことを見失い精神的に追い詰められていたグリーン達を憂えたエリカは、オーキドと連絡をとり彼らの今後について話し合った。
年長組のストレスを考えると、彼らをこのまま一緒に行動させることはできない。
相談の末、オーキドらはグリーン、ブルーの二人を後輩三人から引き離し、ジョウトのあるジムリーダーの元で修業させることを決めたのだった。
そのジムリーダーの名は……シジマ。
『”シジマ”…格闘タイプのエキスパートで、グリーンの先生…。でもそれ以外の事は何も知らないのよね』
同年代のトレーナー達よりは遥かに豊富な情報を持つブルーだったが、シジマについての情報は把握していない。
幼少期をジョウトで過ごしたこともあり、ジョウトのジムリーダー達の知識はそれなりに持っているのだが、本土との間に船の航行のないタンバシティの情報は人づてにしか得られなかった。
シジマという男の実力の程は分からない。
しかし、リーグチャンピオンになった少年の師であるならば、その指導力は本物だろう…。
そこまで考え、再びブルーが紅茶を啜ろうとした時――
『ドカーーーーン!!!』
甲板の下、船の乗客の宿泊する客室のある辺りから爆発音が響き渡った。
「…またゴールドね」
「…またゴールドだな」
もう慣れきった、という様子でブルーは残る紅茶を啜るようにして飲み干した。
隣に立つグリーンの表情が疲れの色を濃くしているのには都合よく見ないふりをして、ブルーは再び広がる海に視線を戻した。
そう、ゴールド達も同じ船に乗船していた。
そして、彼らが何をしていたのかというと――
* * *
「エーたろう!!”いばる”だ!」
ゴールド、シルバー、クリスの三人は、船の乗客たちとバトルを繰り返し、船の中をぐるぐると移動していた。
三人とは言っても主に戦っているのはゴールドで、他の二人はアドバイス役であり、彼の暴走を止める役でもあるのだが。
「ペルシアン、”みだれひっかき”!!」
“混乱”しふらついていたペルシアンは、それでもおやであるトレーナーの指示に従い鋭い爪を生やした前足を振り下ろした。
渾身の一撃は見事命中し、エイパムの身体をきりさく。
「! エーたろう!!」
「ゴールド!!何度間違えればわかるんだ!?」
傷ついたエイパムに駆け寄るゴールドに、シルバーは声を荒らげる。
「”いばる”は相手を混乱状態にできるが、同時に相手を怒らせることで攻撃力も上げてしまうんだ。直接攻撃をしかけてくる相手にむやみに使うような技じゃない」
「う、うるせぇ!わかってらぁ!!」
その『わかってらぁ!』を何度聞いたことか。
シルバーはクリスと顔を見合わせると、盛大にため息をついた。
船に乗っている間中、ずっとゴールドのバトルの様子を見せられてきたが…なかなか思うように上達しない。
ゴールドよりもバトルの回数が少ないクリスの方が成長がめざましいくらいだ。
捕獲用に訓練されているとはいえ、手持ち全体の元々のレベルが高く、また本人のもつ知識も一般のトレーナーよりも広く深い。
乗客たちの繰り出す様々な種類のポケモンに対して、冷静に対応し、有利な展開に持ち込むだけのスキルがあるのだ。
対してゴールドは、バトルのセンスは悪くないのだが、やはり手持ちのポケモンのレベルが低いこと、そして何より知識のなさが彼の成長を妨げていた。
未だにタイプ相性すらうろ覚えで、効果のない技を放ったあげく逆襲される、なんてことはこの船に乗船してから幾度となくあった。
……まぁ、同年代の少年少女と比較すれば、強い方であるのも事実なのだが。
トリッキーな戦法を生かすことができれば、格上の相手にも勝つことができるようだ。
ゴールド達にとって都合がよかったのは、長旅で退屈した乗客たちがいくらでもバトルをしかけてくるので相手には困らないことだった。
数をこなすことで、ゴールドの手持ちたちにも経験値がたまってきていた。
……ただ、問題があるとすれば。
「よっしゃー!! 次だ次、バクたろう!”火炎車”!!」
『ドカーン!!』
……やる気が空回りしたゴールドが、船のあちらこちらを破壊しまくることだった。
^^