籠国風土記
□争いの火種
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次郎が帰ってそう経たないうちに、二人の男が優太の屋敷にやってきた。
「実宅で会合とは穏やかでないな。」
侍姿の屈強そうな男が、低い声を響かせる。
この男とは対照に、町人姿をした物腰の柔らかそうな男は、この重苦しい空気を軽やかに交わしていた。
「竹の間では話せない内容なんだろう。楽しみじゃないか。」
籠の国の城内には、竹の絵が描かれた部屋があり、組頭や番頭といった国の警備を担当している役職の会合はほぼ、その部屋で行われるのが通例だった。
ところが今回、隠密を扱っている乾組(いぬいぐみ)、坤組(ひさるぐみ)、巽組(たつみぐみ)の組頭の会合はなぜか優太の住まいで行われる事になった。
呼ばれた二人は、この通常ではあり得ない会合に少し不信感を抱いていた。
「奥で組頭が待っておりますので。」
「武蔵殿は相変わらず、血色の悪い顔だねぇ。
坤の組頭に言って、良いものを食べさせてもらいなさい。」
玄関で出迎えた男は、先ほど次郎の口をたしなめていた男とは違っていたが、なぜか「武蔵」と呼ばれていた。
「すみません。
好き嫌いが激しくて…」
そう深々と頭を下げると、草履を脱いだ二人を連れて、屋敷の奥へと向かった。
表向き普通の民家のようだが、なぜかこの家の内部は外から見える部屋や廊下を除いて、全てが床から天井まで黒い色で塗られていた。
「気味が悪い」と町人風の男がつぶやくと、
「組頭の趣味で。」
と、武蔵がさらりと答えた。
奥の間もこれまた真っ黒の襖で遮られている。
「お着きになられました。」
そう声をかけたものの、何の返事も待たず、武蔵は丁寧に襖を開けた。
「若造が呼び出しとは、いい気なもんだな。」
侍風の男は、奥に座ったまま挨拶もしない優太をそう罵りながら、用意されていた座布団に腰掛けた。
町人風の男はその様子を面白げに笑って見ているだけだ。
それを気にすることなく、優太は頭を下げたままの武蔵に声をかける。
「茶はいい。
それより、虫がたかってきているようだが?」
「すでに虫除けをまいております。」
「虫も生きているんだ。
可哀想だから、殺してやるなよ。」
「かしこまりました。」
そう返事をして武蔵は襖を静かに閉めた。
真っ暗になったその部屋で、ロウソクの明かりに照らされた二人は、何か苦虫を噛み潰したような表情をわずかに見せているようでもあった。
「それで、急用とは昨夜の事かな?」
「では、まずはそちらから。」
それでも、相変わらず優太は冷たい表情で答える。
「昨夜の鴻の攻撃は、すでに先だって知らせたように、功姫の持っていた神器が盗まれた事に始まります。」
「となると、盗んだのは殿ではないかと疑っての事か。」
「そのようです。あちらも姫以外は犯人が他にいると考えているようなので、今後しばらくは攻撃はないものかと。」
そう優太が言うと、一瞬安堵したような空気が流れた。
「それで、本題は?」
町人風の男が問うように、今までの報告内容であれば、鴻を担当している坤組が竹の間で幹部に報告するのが普通だ。
そうなると、今回の会合の本題は他にある。
「問題は“神器”を探せという指令が届いたタイミングです。」