月 夜 妖

□蛍の祈り
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昨日降った雨のせいで
蒸し暑い気候が
いっそう蒸し暑かった。

大抵そんな日は家で
ゴロゴロとしているのに、
なぜだかその日は
数年ぶりに祖父の家を訪れた。

祖母が亡くなって以来だから
およそ5年。

父や母、
それに弟の智は、
よく訪れていたようだが、
それも3年前まで。

疎遠になった理由が
あったような気もするけど、
そう気にする理由でも
なかった気がする。

久々に来た祖父の家の庭は、
うちと同じように
よく手入れされていた。

まだ雨が乾ききっておらず、
時折雨つぶの落ちる音が
響き渡る。

なぜだか不気味に
しぃんとしていた。

「おじいちゃん?あがるよ?」

玄関で靴を脱ぎながら、
どこに行ったかわからない
祖父に大きく声をかけた。

「あぁ、
 ゆっくりしていきなさい。

 暑いだろう。
 冷蔵庫に麦茶があるから
 飲みなさい。」

庭の奥の方からそう声がした。

「ありがとーぅ。」

祖父が聞き取りやすいように
大きくゆっくりと返事をした。

その後はまた
静かな時間が訪れた。

玄関で靴を脱ぐと
廊下を通って台所を目指した。

築50年近くある
祖父の家の廊下は
不気味な感じで、
ギィ…ギィ…と、
一歩一歩音をたてる。

家の中に人の気配はない。
祖母はもういないのだから、
あったら逆に嫌だ。

冷蔵庫を開け、
麦茶を取り出して閉める。

締まりの悪い食器棚の中から、
クリーム色の
不格好なカップを取り出し、
麦茶を飲んだ。

確か、
このカップは祖父の
手作りだった気がする。

そんなことを思いながら
麦茶を飲みほした。

何かが
耳を澄ましているかのように
全ての音が
怖いくらいに響き渡る。


祖父が
早く戻ってくればいいのに…

と思わずにいられなかった。



いまでも鮮明に
祖母が亡くなった日の事を
覚えている。
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