清晨-セイシン-のマリス
□始まりの星
2ページ/7ページ
その不思議な夜。
王宮である事件が起きる。
「お前が私を呼び出すとは…珍しい事もあるものだ。」
玉座にゆっくりと腰をおろした精悍な男は、にやりと笑い、ひれ伏したまま顔をあげようとしない男に声をかける。
「…どうした?今さらそんな態度をする間柄でもないだろう?」
王は未だに顔を上げない旧友を不思議に思った。
「…王よ。」
やっとの事で返ってきた声は、悲痛な程に震えていた。
「…王よ。どうか心を落ち着けて、お聞きください。」
そう言って、ひれ伏していた男は、ゆっくりと何かにおびえるように顔をあげた。
男はすっと鼻筋の通った美しい顔をしている。
相変わらず男にしておくのがもったいないと、王は心の中で小さくため息をつく。
それにしても、滅多に感情を表に出さない友人が、こんなにも怯えているのは何故だろうか?
「改まってどうしたんだ?
悪いが、アンがやっと子供を産んだんだ。俺がこの日をどんなに待ち望んでいたか…お前も知ってるだろう?さっさと話せ。」
早くアンの元に戻り、子供に会いたいという気持ちを押さえきれない王は、宰相達からたしなめられている「俺」という表情をうっかり使ってしまった。
「…わかっております。」
…どういう事だろうか?
友人という距離感からか、誰よりも口煩く注意するイリアスが何も言わない。
王ガルスは、その場で足を組み直し、イリアスに聞こえるように大きくため息をついた。
「なら、早く話せ。
あんまり気分が下がるような話は聞きたくないんだ。」
冗談のつもりだったが、イリアスは余計に肩を震わせ始めた。
冗談抜きで、良くない話か。
ガルスは友人が口を開くのをじっと見つめた。
「先ほど、今までにない星の動きがありました。」
イリアスはこちらを見ない。
何となく、読めてきた。
そう思った瞬間、ガルスの瞳がするどくイリアスを睨み付ける。
「それで?」
「王よ。まだ私の力を信じて下さるのであれば、どうか今から告げる予言を真摯に受け止めて下さい。」
「回りくどく話すな!
用件をさっさと言え!」
「凶兆です。今回の子供は諦めて下さい。」
やはり。
ガルスは、そう心の中で呟くと、体の中からゆっくりと熱が覚めて行くのを感じた。
「そんなにルルスが憎いか?」
「違います!」
「お前に『導師』をやれなかった変わりに、『老師』の椅子を一つやっただろう?何が不満なんだ?」
「不満などありません!」
「『導師』であるルルスが『吉兆』だと先ほど言ってきた。」
「王よ、確かにそれも間違いではありません。」
「なら、何故『凶兆』だと、『子供を諦めろ』と平気で言えるんだ!
多くの民を従え、より良い国に導くよい王になると、ルルスはそう予言した!」
「私も同じです。」
「なら何故『凶兆』と言うんだ。ルルスへの当て付け以外なにがある?俺への不満か?役職への不満か?」
昔は聡明な男だった。賢く、武力はなくとも、何一つ敵わないとさえ思った事もある。
この男はいつの間に、こんなに嫉妬深く、醜い嘘をつくほどに堕ちてしまったのだろう…
「出ていけ。もうここにお前の席はない。」
足元で、情けなく涙を流して訴えてくる男に愛想が尽きた。
「友人の由見で、今の話は全て聞かなかった事にしてやる。その代わり、全て置いて出ていけ。二度とその顔を見せるな。」
そう冷たく良い放つと、イリアスはよりいっそう美しい顔を歪めた。
唇を噛みしめ、項垂れると、「はい。」と小さく声をもらし、力なく立ち上がる。
「…ガルス」
ふいにイリアスが王の名を呼んだ。
王になって以降、一度も呼んではくれなかったその名を…
「この先、何が起ころうとも、私はいつでも貴方の味方です。」
そう言って、悲し気に笑うと、肩を落としたまま、暗く静かな廊下へと消えて行った。
.