清晨-セイシン-のマリス
□鐘の鳴る街
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「名前は?」
水瓶にわずかに残った水をすくい上げようとしている少年は、えらく細い腕をしていた。
この環境を見れば、とても満足な食料が入るわけでもないだろう事から、当たり前のことのように思えたが、ユスハクには何か少しひっかかった。
「フゥフィ。」
資料にあった名前と一致している。まずこの少年に間違いないだろう。
そう確認すると、疑問に思っていた事を一つたずねた。
「ここは1年ほど前まで栄えていたように思うが、一体なにがあったんだ?」
ユスハクがそう問うと、一瞬少年の動きが止まったように思えた。
「僕にはよく分かりません。」
少年はすくい上げた水が、コップのヒビからこぼれない様反対の手で抑えると、しっかりとこちらを見て、会った時と変わらず感情のない声でそう答えた。
「でも、僕のせいなんでしょう?」
相変わらず感情はない。
「だから、あなた達がここに来た。」
感情はないというより、悟られないようにしている。
ユスハクは短い会話の中で、そんな印象をも持ち始めていた。
「すでに身の回りの片付けは済ませています。
出発はいつでも構いませんが、出来ればこの水を母に持っていってからにして頂けるとありがたいのですが?」
長年、『マリス』討伐部隊に所属しているユスハクだったが、この歳まで成長した『マリス』に実際会うのは初めてだった。
何も理解していない子供より、よっぽど性質が悪いものを残す。
と、思うものの、子供に当たれば逆の事を思う自分の矛盾に苦笑いをすると、ここに来るまでの道中が思い出された。
憎みやすい嫌な人間であればいいと何にでもなく祈っていたが、思い通りにはいかないものだ。
「そうか。なら、その水を渡したらすぐにでも出発しよう。」
母と子の別れなど、長々と見たくはない。
そんな事を思いながら、先ほど少年が出てきた家の前をみると、ユスハクの隣にいたあの小柄な男が一人立っていた。