お話3

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ズキズキと痛む足を引きずって、土方は煙草を吸うために屋上へ出た。

松葉杖は嫌いだ。
病院も嫌いだ。
誰かがここで死にかけるの、嫌いだ。

土方の頭の中をぐるぐると回るのは、あの姉がいってしまった時のこと。いやだなぁ、とあさぼらけの空を仰ぐと、腹が立つほど晴れていて、こっちの気も知らずに、と土方は空に向かって紫煙を吐き出すのだ。雨でも降ってくれれば、少しは気が紛れるのに。

昨晩の仕事で、沖田が斬られた。大げさな治療室に運ばれていく彼をぼんやりと眺めていると、近藤が驚くほどに優しい手つきで土方の頭を撫でた。ぽんぽん、とリズムをつけながら軽く触れられて、そこから力が抜けた。
気がついたら身体中を包帯でぐるぐる巻きにされていて、あの大嫌いな松葉杖が隣にいたというわけだ。

総悟が死んだら、いやだなぁ。すん、と鼻を鳴らして、土方は静かに白い息を吐く。あの青年が死んだら、きっと自分は、今までのようには動けない。真選組だって回らない。有力、無力で話すなら、土方が沖田の代わりに死んだ方が真選組にとってはいいのだ。なんてったって、剣の腕が物をいう。

「副長っ!」

こんなところにいたんですか、と息を切らした山崎が悲鳴まじりに言う。

「アンタだって重傷なんだから…大人しくしといてくださいよ…!」
「…総悟のが重傷だよ」
「大丈夫ですよ、副長。大丈夫です」
「おねーちゃんの方は大丈夫じゃなかったんですけど」
「副長」

そんな顔しないでくださいよ。
泣きたいのはどっちだ。こっちだ。土方はそのつらそうに歪められた山崎の顔を殴ってやりたかった。
こんなところで泣くのはごめんだ。死んでもいない奴のために泣くのは、



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ごめんなんだ。

「てめぇだってンな顔すんな、俺達は慣れてるだろ、こういうの。いまさらだ。わかったら戻って近藤さんの相手してろ。…俺は、だいじょうぶ」
「でも―」
「いいから」
「…はい」

大丈夫なわけあるか、バァカ。

山崎が去った後、壁にもたれて、土方はそのまましゃがみこんだ。松葉杖が音をたてて倒れる。苦しい体勢に身体中が悲鳴を上げるが、それでも、小さく小さくなりたかった。

隊士なんて、何人も死んでいる。それが土方の仕事だ。部下が斬られる、でも沖田のはそれとは違う。友人が、親友が、弟が、家族が、斬られた。
怖かった。平隊士と沖田、命の価値に大小はないけれど、ただ、怖かった。仕事と割りきれない。自分は、なんて弱い。

お願いします、お願いします、なんてよい子でもないのに手をあわせて天に祈る。こっちは人斬り、相手にされるはずがないのだけれど。

「座りな」

ずいぶん長い間しゃがみこんでいた。
降ってきた声に顔を上げると、目の前にあったベンチに、いつの間にか男が座っている。

「おいで、土方」

包帯の巻かれた左腕を首からさげている銀髪が、優しく土方を見つめていた。逆光でぼんやりとした輪郭を、土方は黙って目で追う。
沈黙をどうとったか知らないが、男は歩み寄り、片手で土方を抱き上げた。ベンチに引きずり、抱き寄せたまま座る。

痛い。痛くて、泣きそうだ。
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