お話3

□ひとさや四人
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ぷしゅっと気持ちのいい音、続いて神楽の歓声が聞こえた。久々の仕事から帰ってきて、玄関で靴を脱いでいた銀時は、その後の新八の悲鳴に何事かと居間へ走ることになる。

「なにやってんだテメーら」
「銀さん!」

助けを求める新八が必死の形相で雑巾を運んでいる。机の前では神楽がラムネ瓶を見ながら興奮したようにギャーギャー騒いでいる。そしてその神楽の向かいに、勝手知ったるといった様子で―銀時の恋人が、いる。

「うおおお噴水アル!」
「神楽、ついでだからそのラムネ入れてみろ」
「おっ…?うおおお噴水が大きくなったアル!」

どうやらラムネ瓶をうまく開けられなかった上に、菓子のラムネを入れて噴き出させていたようだ。神楽と、土方で。
一面ラムネ浸しになった机からそれが床に座っている土方にポタポタと滴りおちている。それでもけろりとした表情で楽しそうに神楽のはしゃぎっぷりを眺めていた。
着流しを着ているから、今日は非番なのかもしれない。教えてくれたら屯所まで迎えに行ったのに、仕事なんてしてる場合じゃなかったと頭をガシガシと掻く銀時だ。

「神楽、うるせぇから落ち着け」
「だって銀ちゃん、こんなの初めてネ、トシちゃんが持ってきてくれて
、ラムネにラムネ入れてラムネがぷしゃーってなるの初めてネ」
「あーはいはいよかったな」

目をきらきら輝かせて言う神楽に怒る気にもなれず、銀時は土方の隣にあぐらをかく。もちろんこめかみにそっと唇を寄せるのも忘れずに。さして嫌がりもしない土方に一気に嬉しくなるのだ。

「わざわざウチに来てくれてどーも」
「…今日はコレを届けにきただけだ」

どん、と机に置いた、二、三のビニール袋。

「えだまめ」
「食料ですか土方さん!」
「さっすがトシちゃんアル!」
「さっそく茹でてきますね!」

袋いっぱいに入った、枝豆であった。
とっつぁんから回ってきた、と土方は言う。どこぞで大量にできたから、おすそわけ、の、おすそわけ、のおすそわけくらいなのだと。それにしても量が多い。食料に関してはいつもギリギリの万事屋にとってはありがたいことだ。

すっと立ち上がった土方は、当たり前のように万事屋の冷蔵庫を開ける。その慣れた様子が、銀時は好きだ。
とん、と机に置かれたのは、枝豆にぴったりのビールで。土方が買ってきたものを冷蔵庫にいれていたらしい。
神楽がコップを用意して、先ほどのラムネよろしくぷしゅっといい音をたてた。

「私も大人のレディーになったらトシちゃんとビール飲むネ」
「はいはい」

楽しそうに土方のビールを用意する神楽に、銀時はなぜか酷く心が安らぐのを感じた。土方の居場所は、ちゃんとある。
なみなみとつがれていくビールを眺めていると、今度は銀時の近くで同じ音がする。土方が、銀時のコップに注いでいた。

「さんきゅ、これでいつでも嫁げるな」
「あぁそう、なら泡ばっかにしてやろ」
「銀さん実は泡が一番好きだったんだよねーありがとー!」
「…しね」

神楽についでもらえば、と土方がそっぽを向く。嘘だよと腰に手を回せば、俺で結構?だなんて殺し文句をぽとりと落とすのだ。
思わず見とれて言葉がでない銀時に流し目を寄越しただけの土方は、運ばれてきた枝豆を黙って食べている。ソファにもたれてのんびりとビールを飲む土方の隣で、銀時もまた同じようにその空気を味わった。

「…あ」

ふいに、土方が声をあげた。どこか嬉しそうなその声、手もとの枝豆をじっと見つめている。

「ん?」
「いや、」
「どした」
「…よっつ」
「え?」

黙って土方が示したのが、その枝豆。
珍しいもので、小さな豆が四つ、一つのさやに入っていた。

「新八ィー足りないネもっと茹でるアル働け眼鏡ー!」
「ちょっ神楽ちゃん!?枝豆ってそんな口に頬張るものじゃないからね!?」

台所からまた新しい枝豆を持ってきた新八と、それに飛びつく神楽を、土方は見つめている。綺麗な、横顔だった。

「…いち」

新八を指さしてつぶやく。

「このさやだって食えるネ!ほら…うげぇぇぇ」
「だから神楽ちゃんんん!」

「…に」

神楽を指さす。

「さん」

銀時を、指さした。そのまま、その指はふらふらと頼りなくただよう。不安げに揺れた瞳、視線はまた枝豆に落ちる。たまらなくなって、銀時は土方の頬を両手ではさんで正面からのぞきこんだ。

「オメーなんだろ、よん、は」
「…定春、とか」
「定春はこんなにちっさくねぇよ」

真剣な表情でそう答えた土方に思わず笑ってしまう。なにも心配することなんてないのに。銀時は額どうしをくっつけて、困ったふうにため息をついた。

「じゃあこうしようぜ、さんが土方、よんが定春、んで俺がさやになって全員ひっくるめて護ってやる。これでどーよ」
「…神楽に食われておえーってされるのがオチだな」
「けーっひでぇなァ」
「…さん、か」
「ん?」
「いーえ何も」

―俺がさんだって。よんじゃなくてさんだって。聞いたか?
銀時の腕からするりとぬけだした土方が、そばで寝ている定春の鼻を掻きながらひそひそ話でもするみたいに、嬉しそうに、そう言った。

「お前にもおすそわけだ」

起きた定春の前に例の枝豆をかざして、食べさせた。さやごと、大きな口に吸いこまれていく。

「あーあ、せっかくの四人家族枝豆食わせちまったの」
「お前はおえーってしねぇもんな」

わん!と答えた定春に、土方は満足そうに笑った。

「よーし新八!もっと茹でてこーい!」
「え!?銀さんまで枝豆に目覚めたんですか!?」
「探すんだよ、四つセットのファミリー枝豆」
「四つ葉のクローバーみたいなものアルか?」
「おーそんなモンだ、土方のお持ち帰り用にラッピングするからな、見つけ次第報告しろ」
「あいあいさー!」

土方を見ると、照れたように頬を赤く染めて、定春の真っ白な毛に顔をうずめる。銀時は笑って、さやのごとく、後ろからその身体を包みこんだ。

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