お話3

□はかない火
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ざり、と山崎が地面を踏みしめた音とともに、ぼんやりとしていたその明かりは消えた。

「…副長?」

煙草を吸うときのライターにしては明るすぎる、しかし夜のなかでは小さな、光だった。
屯所の庭、池のそばに土方が膝をかかえて座っている。うしろ姿が、夜の闇にとけてしまいそうだ。縁側からだといるのかいないのか、目をこらさないとわからない黒一色。もっとも、ぼんやりとしたその明かりと山崎の土方に対する執着で、当たり前のように彼の居場所はわかるのだが。

返事をしない土方に、もう一度副長、と今度はありったけの優しさを声に含んで、近づく。ゆっくりと振り向いた土方、黒のなかに唯一浮き上がった白い肌。薄い月の光を受けていっそう白く、山崎はそのコントラストに目を奪われる。

「どうしました」
「…灯籠流し、みたいな」
「あぁ、そんな季節ですね」

ただ半紙に火をつけて水面に浮かべて、一瞬で消える火を静かに眺めている。
送り火、なんだろうな、と山崎は隣に座って同じように水面を見た。先日も、入隊したばかりの隊士を何人か失っている。

「川なんかに流してるのを見たことがあります」
「あぁ、それが普通なんだろうけど…こんな持ちあわせで作ったのじゃなくて」
「用意しましょうか?また日を改めて」

土方はゆるゆると首を横にふっただけだった。立てた膝に顎をのせて、なんの明かりもない水面を見つめている。

「流れていっちまうのは、いやだ」

あいつらにとっちゃいい迷惑なのかもしれねぇけど。こんなとこより向こうの方がいいのかも。

土方はどんな顔をしているのだろう、山崎からはその表情は見えない。黒髪からのぞく白い首筋だけだ。
あいつら、というのはきっと死んだ隊士のことだ。
あの鬼だ冷血だと恐れられている副長が、弱っている、ということは土方の声からすぐにわかった。きっと明日からはまたもとの鬼副長にもどるのだろうが、今は、明らかに弱っている。

火が流れていくのには耐えられない。ここでついた火は、ここで消えてほしい、と土方は掠れた声で静かに言った。

「大丈夫ですよ」
「…なに」
「隊士たちはどこでどうくたばろうが、みんなちゃんとここに帰ってきますよ」
「あぁそれでか、この時期にうなされるのは」
「無理しないでくださいよ副長ーって怒ってるんですよ」

ふ、と土方が笑った気がした。

「…うそつけ」

こんなこと、する資格もねぇんだ


「…斬られた相手に弔われるのって、どんな気持ちなんだろうな」
「…副長」
「俺が斬られるのと、呪い殺されるの、どっちが先なんだろうな」

あぁ、副長が、泣きそうだ。
すぐ隣にいるはずなのに、手を伸ばせばあの火のように消えてしまいそうだった。

「―嫌われモノも、結構つかれるな」

白い指先で触れた水面に、沈んでいってしまいそうだった。

「…ねぇ副長」
「なんだ」
「俺が死んだら、流さないでくださいね、池で浮いてるのもいやだ、ずっとアンタの近くにいたいです。こんなとこで一人でいないで、早く俺みたいなパシリ見つけて、慰めてもらって」
「なぁ、」

ほとんど息だけでザキ、と呼んだ。

「はい」
「…お前がしんだら、いやだな」

すんと鼻をならす。隠す素振りはみじんも見せず、土方は泣いていた。濡れた頬が、月の光で浮き上がる。

「すみません、泣かすつもりは」

土方は答えず、半紙に火をつけた。みるみる燃えていくそれを、池には浮かべずに、しばらく眺める。やけどします、と山崎が手を伸ばす直前にそれを放った。火の玉みたいに空中で燃えて、消えた。
肩に重みを感じた。土方がもたれかかっている。涙をぬぐっても、いやがらなかった。

「お前がしんでも地味だから誰も気づかねぇや、俺が一人で弔ってやる」
「ありがとうございます」
「俺がしんだら」
「死なせません」
「…ならいい、けど」

土方の息がふるえている。

「…なぁ、…しぬなよ」
「副長の命令には逆らえません」
「命令じゃねぇ、お願いだ」
「お願い、ですか」
「…しぬな、お願いだから」

さらりと言って、土方はまた一つぽろりと泣いた。こんなお願い、初めてだ。これもきっと、今だけだ。今だけ見せてくれる、土方の内側なのだ。一瞬で消えてしまう火のような、はかない。

「お願いならなおさら」
「…よかった」
「大丈夫ですよ、なにも心配しないでくださいね」

うん、と子供のようにうなずいた土方の火は、たとえどんな風にさらされようとも、自分が護らなければならない。そう山崎は強く思う。お願いが、実行できなくなるかもしれないが。

「でも、お前がお願い破るときは、俺は隣にいるはずだ」

そのときは、しんでもいいって、ちゃんと許してやるから。

困ったように笑った土方の目は、ちゃんと山崎をとらえている。送り火を見る目ではなくて、"生"を見つめる、綺麗な目だった。

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