お話3

□すいこまれる音
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夕立は突然だ。
じっとりと湿った空気を肌に感じながら、銀時は少ししゃがんで空を見上げた。灰色の雲はどっしりと空にいすわっていて、どこかへ飛んでいってくれる様子はまったくない。仕方ない雨宿りだ、とバイクに再度腰かけて、あくびをする。
裏道を通って万事屋に帰ろうとしていた矢先、降られた。廃れて窓も割れているような店の屋根の下に逃げこんだ。あたりに人の姿はない。せめて話し相手くらいいればいいのに、と思わぬところでできてしまった時間をもてあます銀時だ。

ザーザーとうるさい雨の音に混じって、人が叫ぶ声が聞こえた。

「雨ごときでテンションあげてんじゃねぇや」

つぶやくが、雨の音で消えた。
しばらくして、ふいに人の気配がした。

「…あれま、副長さんも雨宿り?」

全身からぽたぽたと水をおとす土方が、屋根の下、はしっこに立ち、くつを脱いでひっくり返していた。

「…最悪」

くつの中から出てくる水を見て、眉間にしわを寄せた。まともに濡れたらしい。不快そうに舌打ちをする土方に、銀時はふらふらと近づいた。水もしたたる、とからかってやろうと思ったのだ。

「…怪我、してんの…?」

だが、土方の足もとが赤い色をしていたから、からかうどころではなくなったわけで。

「…いや」
「あ、もしかしてさっき誰かが叫んでたのって」
「ムダに耳はいいのな」

片足をあげて、赤い地面を一瞥した土方は舌打ちをして、一歩、滝のような雨の降る外へ踏み出した。

「っオイ!」

銀時が伸ばした手を気だるげに払いのけ、土方は黙って雨に打たれている。

「…洗ってんだ、邪魔すんな」
「だからってテメェ風邪ひくぞ」
「風邪、ねェ…」

土方の声は小さくて、雨の音にかきけされてしまいそうだった。声だけではない。土方自身も、銀時が見ていると、重心がわからずふわふわと浮いているような感じがする。

もしかしたら、風邪どころではないのかもしれない。
濡れに濡れて黒よりもっと黒い色になった制服は、土方の華奢な身体にはあまりにも重そうに見えた。

「いい加減こっちに入れよ」
「…なぁ、」
「あ?」
「万事屋さんに依頼」

顔にはりつく髪にも一切触れようとしない。ただ立っているだけだ。どんどん濡れていくだけだ。
我慢できなくなって、銀時は土方の腕を引っ張って屋根の下に入れた。引っ張られた土方は抵抗することなく簡単に銀時の隣にくる。

「…報酬は」
「そちらの言い値で結構」
「…俺ァなにをすりゃいいわけ」
「…持っといて」
「はあ?」
「持っといて」

俺のこと、持っといて。腕を差し出して、土方が言った。

「…こうか?」

腕をつかんだ銀時に、小さくうなずいた土方は前髪のせいでどんな顔をしているかわからない。

持っといて、とは、どういう意味なんだ。しばらく土方の言うことがわからないまま、銀時は大人しく言われた通りにしていた。
ふいに、がく、と一瞬土方の身体が落ちた。が、すぐにもとの背の高さになる。銀時の腕に支えられたということだ。

「オイ」
「……」
「寝てんの」

かぶりをふってゆっくりと銀時を見上げた。焦点があっていない。いつもより幼く見える。

「最近マトモに寝たのいつだよ」
「…さぁ」
「体調管理も仕事のうちじゃないんですかァ?副長さんはそんなこともできないんですかァ?」

どん、と銀時の胸に衝撃があった。土方が腕を振り払おうとしているが、たいして力がない。

「暴れんなって。よけいに疲れるぜ」
「はなせっ…!」
「嫌だね、もう依頼は受けちまったんで。ギャラもらうまでは」
「…テメェなんかに依頼した俺がバカだった」

ため息をついて、後ろの店に持たれようとする。窓が割れていて、ガラスがむき出しだった。
危ねぇ、と土方を引っ張ると、反動で銀時の肩にぶつかった。髪の毛が揺れて銀時に水がかかる。おそい動作で銀時から離れようとする土方を引き寄せた。

「…いいよ、肩、使って」
「…仕事熱心だな」
「そんなんじゃねぇって、…あぁもう、雨がやむまでだろうが、めんどくせぇこと考えてねぇで休めよ」

ここで倒れられたら迷惑だし、と後からつけ足されていく銀時の言葉は、だんだんと小さくなっていく。土方がまともに銀時に体重を預けてきたからだ。それでもまだ時おり、がく、と落ちては体勢をもどす。

土方の意識がはっきりしてませんように、と祈りながら、銀時は正面から土方を支えた。雨に打たれて、土方の身体は冷えていた。
土方の腕をつかんでいない方の手を、ゆっくりと背中にまわす。依頼としてつかんでいた手もはなして、土方の頭を支えた。これで、依頼を放棄したことになる。

「…よろず、」
「寝てろ」

立ちっぱなしだけど、ともう一度土方をしっかりと抱きなおして、銀時は大きく息を吐いた。
仕方がないんだ。土方はフラフラだし、雨は上がらないし、ここで倒れられたら自分が悪者になってしまうじゃないか。そう自分に言い聞かせる。早まるつもりはなかったけれど、これは仕方がない。

雨はいまだ激しく地面を叩いていた。

土方。
雨の音のせいで、自分で聞き取るのも難しかった。

「―すきだ」

つぶやいた言葉は、吸いこまれて消える。

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