お話3

□急所
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自室にもどったら、よく知る銀色が縁側に座っていた。どこからどう侵入してきたのか、こちらに背を向けてじっと灰色の空を見上げていた。

先ほどから雨が降っている。
雨やどりならよそでやればいいのに、と湿気を吸った煙草を灰皿に押しつけた。まだ銀時はこちらを見ない。よっぽど空になにかあると思って、隣に立って空を仰いだけれど、やっぱりただどんよりとした雲があるだけだった。

「閉めるぞ、雨が入って――」

天井が見えた。背中と頭が痛かった。息が止まった。
気がついたら、押し倒されていて。
足をはらわれたのか、とにかく痛かった。のしかかる銀時に手首をぎゅうっと握られてそれも痛い。ずいぶん乱暴なこった、と笑ったら、かわいた息しか出なかった。口を開けたそばから舌を入れられる。

嫌な夢でも見たか、何か思い出したのか。どっちにしたって、めんどくせぇ。わざわざ俺にしなくったって。
血が騒ぐならどこかで女を買えばいい。屯所で、しかも仕事中に、こちとらシフトだって決めなきゃならないのに、襲われていいことなんてなにもない。だから手首、痛いって。

「おい」

耳たぶを噛まれて、いい加減抵抗しようとしたけれど、馬鹿力に勝てるわけもなく。
こんなので治るんだろうか。
ぼんやりと天井を見ながら、大丈夫かなあ、とどこか遠いところで思った。手の感覚はなくなっている。刀を握れなくなったらどうしてくれるんだ。

ガリ、と音がした。

食われてる。
首をやられた。血でも流れているのだろう。せわしなく舌が行き来している。痛い。
多少の傷はどうってことはない。けれど、さすがに首をやられたことはない。初めての感覚だ。急所をやられるのは、少し怖い。

いてぇな。いつまでやってんのかな。
痛いけれど、これも、コイツのぶんなのかなぁと。そう思うと、俺より先をいっている銀時の隣に立てた気がして、笑ってしまった。
女を買ってくれたって結構だけど、こんな気分をわけてやるのはごめんだ。あぁ俺って嫉妬深いやつ。

俺を食って気が落ち着くなら、安いもんだ。なけなしの血くらい、わけてやる。白い白いと言って心配するのはいつもそっちだけど。

また、ガリ、と。

「い、…ッ…!」

我慢できなかった声に、銀時がびくっと肩を揺らして顔をあげた。遅ぇよ、このやろ。

「…わ、りィ…」

今日はじめてマトモに見た銀時の顔は、酷く苦しそうだった。

「ごめん、痛かった、よな…」
「暴力癖のある奴とは付き合いたくねぇな」

銀時は何も言わずに俺から離れて、また謝った。首筋に触ってみたら、やっぱりぬるりとした感触がした。

「で、なんか用」
「…、いや」

物欲しげな顔をしていたから、黙って両腕をのばしてやった。さっきとは全く違う、壊れ物でも扱うみたいな抱き方だった。俺が壊れ物なら、もうとっくに粉々になっていただろうけど。

「…怖い夢、みた」
「ああそう」
「…お前、どこもいかねぇよな」
「あぁ」
「頼むから」

離れんな、だって。こっちだって、追いかけてばかりで見失いそうになるのに。

「…俺の」
「…うん」
「俺から、…真選組副長の首から血ィ流させられるのは、お前くらいしかいねぇよ、心配しなくても」
「…あぁ、そうだな、…ごめんな」
「こんなの、痛くもかゆくもねぇし」

お前に比べたら。銀時のは、俺がどう考えたって、わからない痛さなのだろう。べつに、わかりたくもない。銀時の過去に興味があるわけでもない。
見ず知らずのものに、銀時が苦しまされている。それが、気にくわないだけだ。抱かれて顔は見えないけれど、きっと辛そうな表情をしているはずだ。それが、嫌なだけ。

「俺のこと、嫌いになってねえ?こんな酷ぇことして」
「べつに」
「…ほんと、彼氏失格だ」
「じゃあ俺だって失格者になってやる。嫌なことあったらすぐに刺してやる。幕府の連中にぐちぐち気持ち悪ィこと言われたら斬ってやる」
「うん」

ぎゅ、と力が強くなった。

「…サンキュ」
「雨あがるまでな」
「あァ、…愛してる」
「あーあ、血ィ吸ってもとにもどりやがった、変態」

だんだんと、過去からこの男を取り返せているような気がしてきた。
俺のだ、ばか。
銀時の方が離れていきそうだったから、はぐれないように情けないくらいに必死で抱きつく。

「ザキが天井からのぞいてたらどうしよ、総悟に見つかるのもめんどくせぇな」
「…傷、怒られっかな」
「さあ、ザキあたり泣くかもな」
「俺の方が泣きそうだっての、大事なもん傷つけてさ」
「泣いたらまた首でも急所でもなんでも差し出してやる、…この贅沢者が」
「…幸せモンだ、俺」

あ、笑った。

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