お話3

□ノスタルジアを飛ばして
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右手を冷たい水の中にそっと入れて、まばたきを一つ。

「土方?」

びくりと肩が揺れたせいで手も震え、石と石のあいだで漂っていた魚は驚いて逃げていった。
舌打ちをして振り返ると、麦わら帽子をかぶった(一応)恋人、―銀時が不思議そうにこちらを見ていた。どうしてこんなところで、とでも言いたいのだろう。こんな、山の中で。

キャンプがしたいと将軍様。お忍び旅行だ護衛だと松平。そして嫌々連れてこられた土方。魚は素手で捕れるものなのかと将軍が言えば、土方が川へ走る。
将軍のお忍びキャンプの護衛で、土方たち真選組はまたもやこきつかわれていた。山や川の風景は綺麗で、キャンプにしてはもってこいのスポットなのだが、将軍様のおかげでそれどころではないわけだ。

「そうか将ちゃんの護衛か、まぁ何にしろ会えてよかった」
「将ちゃん言うな死にてぇのか」
「そうイライラすんなって、麦わら帽子貸してやろうか?」
「いらねぇし、てかなんでテメェはこんなところに」
「護衛だ護衛、こっちは九ちゃんの」

あそこの坊っちゃんがキャンプしたいとか言いはじめてさ、と言って銀時が歩きだす。おいで、と言われ土方はその子供に言い聞かせるような銀時に眉を寄せるも、大人しくついていく。
実は土方、魚に夢中になっているうちにもと来た道がわからなくなり迷っていたのだ。恥ずかしいから銀時には一生言ってやらないが。

銀時の隣を歩いているうちに、気がつけば真選組のとは違うテントの前に来ていた。

「ぅおーい、お客さんだぞー涼んでねぇで場所をあけろーい」

テントの中にはいつもの万事屋従業員の姿があった。主役の"九ちゃん"はお妙とどこかへ行ったらしい。じっと待つ少年たちに、うちの将ちゃんも同じようなもんだ、と、なんとも言えない親近感がわいた。 将軍は今ごろ土方の苦労も知らず、魚のことなんて綺麗に忘れているのだろう。

「土方さん!どうしてこんなとこに」
「将軍の護衛だってよ」
「将軍アルか!ならご馳走いっぱい持ってるはずネ、ヒトサマの家に上がるときはお品を持って来るのがマナーってやつアル!」
「てんめぇ神楽このテント組み立てたの誰だと思ってやがる!土方との新居なんだよここは、お子様はとっとと出ていきな」
「新居に子供は不可欠ネ、子供は私だけでいいから新八がメガネだけ置いて出ていくアル」
「僕まだなにも悪いことしてないんですけど!?」

例の万事屋ファミリー独特の一体感に居心地が悪くなって、土方はテントから離れた。テントの近くにも川が流れている。結局魚は捕れていない。それも気に入らなかったので、土方はしゃがみこみ、再度水面をのぞきこんだ。

副長、とよく知る山崎の声が聞こえた。顔を上げると、川の向こう側で山崎が両手をふっている。孤独感が消え、自分でも笑ってしまうくらいに安心した。

「局長が!副長、局長が!」

血の気が引いた。
近藤に何かあったのだろうかと立ち上がろうとしたが、立ち上がれない。瞬間、後ろから伸びてきた腕に力強くホールドされて、身動きがとれなくなった。これは間違いなく、銀時である。

「テメェ万事屋!近藤さんの身に―」
「お妙さァァァん!」
「局長ォォォ!」
「ゴリラがどうしたって?」
「……」

笑う銀時を睨むが、腕の力は緩まない。

「オメーは今こっちにいんの、だから今は俺のモンな」

川は飛び越えられるほど小さくはなかった。
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