パラレル

□その十五.五
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覚えていない。

近藤さんが出張から帰ってきて、泣きながら謝られた。何を謝っているのか、まずいつ近藤さんが出張にいったのかも覚えていないのだ。とりあえず曖昧に返事をして、和解、ということになったが、あまり納得はいかない。

ここ数日で、記憶が飛ぶような斬りあいをしただろうか、転んで頭を打っただとか。覚えていないのだから、わかるはずもないのだけど。総悟と山崎、二人がありえないほどに優しく接してくるものだから(とくに総悟は)、あまり良いことがあったとは思えない。万事屋は――
そうだ、なんとなく、覚えている。
やたらに体温が近かった。病院の匂いがした。今ある記憶は、それだけ。

「…なぁ、万事屋」

ぐるぐると考えていたら、屯所の門までもどっていた。

「名前で呼べよ」
「あぁ、坂田さん」
「そっちかよオイ…あ、なに?」
「甘味屋には寄らなくてよかったのか?」

二人で見回りに外に出るときは、必ずといっていいほど甘味屋に寄った。といっても、万事屋がバカみたいに団子を早食いして、俺は一服する、というだけのわずかな時間だが。

「あと、こっちも見回ってねぇし」
「あ、あぁそっちね」
「……」

斜め上を見ながら、そうだったねぇ、なんて下手な芝居をする。あぁそうかい、そこには都合の悪いモンがあるんだな。
ほったらかして、屯所の門をよこぎってさらに歩いた。後ろから走ってきた万事屋は黙って隣を歩いている。会話はなかった。万事屋は、気にしているのか、ある方向を何度もチラチラと見ている。なんてわかりやすい行動、そんなので副長がつとまるのか。幕臣との会合には欠席確定だ。近藤さんといい、良い人間は、良い人間だけど、真っ直ぐだからいけない。

屯所の近くに、小さな納屋がある。死んだ隊士を一時的に保管しておくところだ。保管といっても、業者が運んでいくまで置いておくところがないから、無造作に積んであるだけだ。

そこが、俺は、大嫌いだ。

「お前がウチに入ってから、言ってなかったと思う」
「…え、なに」
「気になってたんだろ、あの空き地の右だが、あそこの納屋―」

視界が、真っ黒。

「…その話はさ、また今度でいいよ」

眩しさに目を細めたら、あまり好きじゃない風景の代わりに、視界全部が万事屋だった。俺の行く道を邪魔するみたいに立ちはだかった。さきほどのは、彼の手で目隠しをされていたらしい。
嫌じゃない、真っ黒だった。

「そういえば、きょう沖田くんが非番だったよな、何か知らねぇけど朝からこそこそバズーカに仕込んでたぜ」
「はあ?んのやろ、そういうことはもっと早く言えよバカ」
「いま思い出した、いま。…オメーは、覚えて、ねぇの」
「…あぁ、…俺、なにしてた」

来た道をもどる万事屋の後を追いかけて、その背中に一番気になることを聞いた。

「…死に転がってた」
「…は?」
「ゴリラと喧嘩して、屯所飛び出して、死にかけた…まぁ、たいしたことねぇよ、気にすんな。ぴんぴんしてるもんな、お前」
「…隊に影響は」
「いや、ねぇよ?」
「そうか、ならいい。…ひでぇ顔」

ひでぇ顔、だったから。
万事屋が、泣きそうな顔してたから、もうそのことには触れないことにした。近藤さんとは仲直りできたみたいだし、総悟もバカができているし、俺は都合良く記憶を飛ばしているし。
その話は今度でいい、らしいから。

「顔は生まれつきですーこれでも結構モテるんですー」
「あぁそっか、天パが目立って死んだ目は上手いこと隠してるんだな」
「なんだそれ!毒をもって毒をみたいな言い方!」
「あ、自分で毒ってわかってんだな、結構なことだ」
「少しの毒は身体にいいんだよ!ほらパーマわざとかける奴なんかいっぱいいるだろ、俺は天然でもってんだよ選ばれた種族なんだよ!」
「あきらか致死量だっつーの、ばーか」

思わず笑ったら、ぎゃーぎゃーうるさい反論がぴたりと止まった。

「…おぉ、初めて見たかもしんねぇ」
「はあ?なにが」
「土方って、笑ったらすんげえ綺麗なのな、…うーん、やっぱ好きだから綺麗に見えんのかなァ、いや天然か?俺のパーマといっしょで。天然美人かようらやましいなコノヤロー」
「………え……?」
「え、なにびっくりしてんの、アレか、ときめいちゃったか」

足が止まった。

「…土方?オイ」
「あ、いや、大丈夫だ。天パがあまりにも爆発してるもんで」
「まだ引っ張んのかその悪口!」

『土方くんは綺麗な顔してるねぇ』

ぞわりと肌の上をいく不快感。

『笑ったらすんげえ綺麗なのな』

怖くて、頬をつねった。痛いだけだった。
万事屋の前では、もう笑いたくない。連中とは違うのは、わかっているけれど、くだらない言葉でいちいち心の傷をかきむしっている自分が嫌だったから。
かさぶたは、酷くかゆいのだ。
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