お話3

□すいこまれる言葉
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――すきだ。


歌舞伎町を歩きながら土方は鈍痛の消えない頭をぶんぶんと振った。今朝がた見た夢、あの男がそんなザレゴトを自分に言っている夢。
あの坂田銀時が。
夢は脳に記録した一日の記憶を整理するために見るとどこかで聞いたことがあるが、そんな記憶なんてありえない。全く、変な夢だ。

昨日、土方がその銀時に会ったのは事実だ。連日の激務でふらふらだったのも事実。介抱のようなことをされた記憶がかすかにある。
しかし、あの屋根の下から屯所までの記憶はない。目が覚めたら着流し姿で自室に寝ていた。つまり、屯所に運んで来たのは銀時、ということ。

「ずぶ濡れのボロ雑巾みたいになったアンタを着替えさせてくれたのも旦那ですぜィ、あとでちゃっかり依頼料たかられやしたけど。勘弁してくれィ」

情けなくも疲労に倒れた土方は案の定近藤に非番を押しつけられ。

「どうせ屯所にいたら書類に手ェ出すんだろィ、これ持ってお礼に行ってきなせェ」

山崎が用意したらしいお礼の品を持って万事屋に向かっているわけである。
まともに寝たおかげか、体調はかなり回復していた。しかしそれを理由にまた無理をするのが土方だというのは十分知られているらしく、仕事場から追い出された。

『―すきだ』
まただ。さきほどから頭のなかをぐるぐると回っている。銀時のふざけた声はよく知っているが、こんなに真剣な低い声は聞いたことがない。
やけにリアルに頭のなかに刻まれている言葉。それも自分には無縁な色恋の。

ごちゃごちゃとした頭のまま、万事屋の階段をのぼりきった土方は呼び鈴を鳴らした。

「はいはい新聞はいりませんよー…っと」

ドアを開けた銀時の目が少し大きくなった。

「…あの」
「え、」
「…き、昨日は、どうも」
「あ、あぁハイハイまあ俺よか沖田くんのが心配してたけど」
「これ、つまらない物ですが」

出来るだけ銀時を見ずに、沖田が朝土方に言い聞かせていたお礼の言葉を復唱していく。紙袋に入った和菓子の詰め合わせを差し出して、早く受け取って帰らせてくれと土方は願った。

銀時が好きかと問われれば、土方は首を横にふるだろう。しかし、嫌いかと問われても、頷けない。昨日銀時に自分の身体を支えてくれと依頼をしたのも、銀時が頼りになる人間だとわかっていたからだ。
彼が強いのはもう十分過ぎるくらいに知っていた。単なる喧嘩相手ではなく、坂田銀時という強い男を見る目に変わった。いがみあいながらもなんとなく感じていた、"憧れ"だとか"尊敬"だとかいう。
土方の頭を埋める『すきだ』と土方の思うことは一緒だとは思わないし、一緒ならもう戸惑ってしかたがないのだが、嫌い、ではなかった。だから、『すきだ』が思いの外に不快ではなくて。

「沖田くんが俺にって?」

『―すきだ』

「っ…あぁ」
「おーこれ、相当お高いやつじゃねぇの?棚ぼただなこりゃ、副長さん助けるとお宝ご褒美か、したきりすずめみてぇな」

紙袋を覗いた銀時が何かのメモを見つけた。沖田からだという銀時に、中身が甘味であることくらいしか知らなかった土方は驚いて思わずそれを見詰める。

「屯所に帰すな、だってさ。お前、やっぱ無理しすぎなんじゃねぇの?まぁ入れよ」

いや俺は帰る、と咄嗟に言い返せなくて、土方は言われるがままに銀時の背中を追った。
慣れない場所に神経が立つのが自分でもわかる。ソファに座りながら部屋の間取りや窓の位置、天井の高さまでを身体で感じようとするこの癖を猫みたいだと笑ったのはだれだったか。

「そんなに警戒すんなって、あ、定春は今いねぇのか、なら怖くねぇな」
「べつに犬なんて怖くねぇ」
「ホラお前って猫っぽいし」

『―すきだ』
土方はうんざりして目を閉じた。いい加減、夢からさめてくれ。
もしかしたら、自分は都合のいい夢を無理矢理見ていたのかもしれない。現実と混ざるほどに。自分が銀時が好きだとは思えないが、こんな風に銀時の顔と声を合わせてしまっては。

「オイ、顔色悪ィぞ、まだ本調子じゃねぇんだろ」

うるせぇ、お前が出てくる変な夢のせいだ。
だが実際あれほど寝たのに眠気が襲ってきているもので、銀時のいう通り全快ではないらしい。

「昼寝でもするか?」
『―すきだ』
「おーい土方くーん大丈夫かー」
『―すきだ』
「そこに横になっとけよ」
『―すきだ』

あぁもう。

「…よろずや」
「ん?」
「…お前さ、俺にすきだって言われる夢みたらどうする」

ソファの上で立てた足を抱えながら土方はぽつりとつぶやいた。

「オメーに、好きって言われんのか、…そうだなァ」

興奮して寝れねぇわ。
土方が持ってきた菓子を早速食べながら、銀時はそう言った。

「…は?」
「つーかさ、お前がそれを夢だと思ってる時点で寝れねぇわ」
「…え」
「やっぱ顔色悪ィぜ、ソファでいいからオメーは寝ろ」

意味がわからず固まった土方に銀時がどこからかひきずってきた毛布がかけられる。固まったまま大人しくソファに寝かしつけられた土方に銀時が笑った。

「ちゃんと聞いてなかったのかよ」
「…なにが」
「好きだ」
「は!?」
「一回じゃわからねぇのか副長さんは、好きって言ってんだよ」
「なに、え、夢」
「じゃねぇって。現実の銀さんが言ってんの。好きだ」

わからねぇなら何回だって言ってやる。
『―好きだ』
頭のなかの声と重なって、土方を襲う。思わず毛布をとって頭までくるまった。突然すぎてついていけない。あの夢は、やはり土方の記憶の一部だったようだ。
『―好きだ』
解決したはずなのに未だ頭のなかで響く。お前はどうなんだと、なにも返さないのかと、好きだ、という三文字が問うてくる。何度も、何度も。

「俺は、…き、嫌いじゃ、ないっ…」

悲鳴に近い声で叫んだ言葉は、毛布の厚い生地にすいこまれて、消えた。

息苦しいのに我慢出来なくなって毛布の端から顔を出した。外では、銀時が頭を抱えている。耳まで赤かった。

「うわー…やべェって…」

小さなその言葉は土方に届くことなく、昼下がりの万事屋にぽとりと落ちて、静かに消えた。

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