パラレル

□その四
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*幕土要素ちょろっと含みますのでご注意下さい




だから爪を切っておけばよかったのかもしれない。土方さんにもよく言われるのだから。
皮膚を突き破ったそれの跡は、赤くて、痛くて、情けなくて、惨めだ。

久しぶりの大きな会議、わざわざ幕臣様がぞろぞろと大集合した。ウチは旦那が入隊したことなどが主立った報告になる。だが実際、真撰組の話なんて聞いてはいないのだ。あの人達、真撰組に高杉とか桂とか入隊させても気付かないんじゃないかと時々思う。
俺達はただの狗としか見られていない。土方さんに至っては綺麗な狗―もとい、そういう対象に見られているのだろう。
全く、お気の毒なこって。俺は知らないけど。連中にSM小道具でも貸してやれば昇進出来たりして。我ながらナイスアイデア。

「土方じゃん、久しぶり」

振り返った土方さんは即座に笑顔を作り、愛想がよくて優秀な狗を演じるのだ。俺の隣で旦那が唖然と口を開いているが、わからないこともない。旦那、あんな土方さん見たことねぇんでしょうねぇ。
土方さんを呼んだその人は、いかにも親の七光といったような若い男だった。どこぞのお偉いさんの息子か、きっと俺と歳も変わらないのだろう。だから土方さんよりかは年下なんだろうけど、…あぁ身分の違いが身に染みる。お久しぶりです、と土方さんは敬語だし、元気?と返すそいつは馴れ馴れしい。
しかも年下のくせに土方さんより身長も高いのだ。身分の違いに背丈の高低、…幕府って恐ろしい奴ばっかり。

「新しい人、もう慣れた?頑張って指導しないとねぇ副長さん」
「…そうですね、新人の件はお任せ下さい」
「相変わらず堅苦しいな」

タメ口でもいいのに、と言ったそいつは、俺と旦那が見守る前で土方さんの頬に手をかける。アララ、手の早い餓鬼だこと。いくら俺でもそこまでは…したか、この間。その話はまた後でってことで。

「何なら俺が昇格させてあげようか?」
「…結構だ」
「あれ、敬語とれちゃった」
「すいません、ご心配は無用だと言いたかったのですが」

おーおー土方さんも言うねィ。面白いったらありゃしない。
左手で右手をきつく押さえ付けているのは、きっと目の前の愚か者を斬らないようにするためだ。だって土方さんの右手、必死で刀に触れようとしているのだから。
本能か、職業柄か、いずれにしろ二言目には「斬る」の人なんだから恐ろしい。今斬ったら後々面倒だから、遠慮して頂きたいが。

「そんな風に噛み付いてると知らないよー?」

お坊ちゃまが土方さんに顔を近づけた時、手に痛みを感じた。

「…うわー、痛そう」

覗き込んだ旦那は顔をしかめる。爪に血がついていた。どうやら手を握りしめていたらしい。それも物凄い力で。
…どうしてだろう。

結局悪の手から免れた土方さんは、俺が運転する車でも大人しく座っていた。こちとら訳のわからない手の傷でハンドルを握りたくないってのに、随分とまぁのんびり後部席に座ってやがること。遠足の帰りじゃないんだから。

「…く」
「あ?何か言ったか土方」

同じく後ろに座っている旦那が返事をしたけれど、俺からは表情がよく見えない。

「土方くーん?寝言ですかぁ?」
「…っ…」
「何?どしたの」
「吐くっ…」

最初はマヨネーズの食い過ぎか、ただの冗談か、寝言かと。
でも車をとめて外に出したら、げーげー吐きやがった。
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