パラレル

□その八.五
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ずぶ濡れで帰ってきた土方さんと目が合った。しばらく口をきいていない。話し掛けるなんて出来なかった。メンタル面で弱い俺は、相変わらずの弱い餓鬼だ。

「傘…忘れちまって」

気遣うように口を開いた土方さんが、大丈夫ですか総悟君とヒラヒラと手を振りながら覗き込む。気遣う?何を、そうだ、俺は失敗したから。

何も言ってこない土方さんが怖い。だがそれ以上に、何も言えない自分に苛立った。いつだって土方さんより上、剣も口喧嘩もずる賢さも上だったはずなのに、それを目指していたはずなのに、ほんの少し油断しただけで一気に上から下に突き落とされた。
自業自得か、でも図に乗るのは悪いこと?だって俺、アンタより強いのに。傘なんか忘れないのに。

「…アンタの方こそ、大丈夫かィ。幕府に噛み付いたみてぇで」
「誰のせいだと」

全力で吐き出した言葉は、土方さんの少し困ったようで、それでも綺麗な、そんな顔で一瞬にして消された。話、してみる?そうニヤリと笑った彼は、廊下に水の足跡を付けて副長室へもどっていった。

一体何をしたらあそこまでずぶ濡れになるのだろうか。外は確か小雨だったはずだから、傘をささなかったからといってあんなに濡れることはないだろう。
だったら、『お仕事』じゃないのか。何人死んだ?それは何で死んだ?もしかしたら、俺もその屍の仲間になるべきかもしれない。少なからず、あの人の何かは俺のせいで壊れたから。

「まぁ座れば?」

偉そうに。だが立場上何も言えないのはこっちだ。

「何か言うことないんですか沖田隊長」
「……すいやせんでした」
「すいやせんで済むなら…って言っても聞かねぇか」

ふぅと白い息を吐いて、土方さんがとんと煙草の灰を灰皿に落とす。ずっとくわえられていたそれは、しぶとく掴まっていた灰を呆気なく手放した。それが何となく俺に見えて、――上からぎゅっと押し付ける煙草は何とも言えない圧迫を感じさせるのだ。

「今回は俺のミスでもあるし。…京チームに間者さんがいたもんで」

だから逃げられたみたいだわ、と面白くないと餓鬼が駄々をこねるように土方さんは眉間にしわを寄せる。

「安心すんじゃねぇぞ、逃げられたのは事実でもお前の責任消えてねぇから」

それはわかってるんだ!と叫びたくなる。真撰組は遊びじゃない、わかってる。つけあがってた、わかってる。隊長を任されているからにはそれ相応の責任もついて来る、わかってる!
でも、言われなくてもわかっていることを、言われたくないことを、土方さんはゆっくりと話してくる。それがあの人の怖いところで、毅然たる副長の特色だ。

「…腹、切りやすか」
「ハァ?何言ってんのお前」
「責任とるならとるって言ってまさァ」
「バカ、何でお前なんかに切腹させんだよ」

死んで逃げるなんて許さねぇし。

「粛清された奴らの分まで責任とれよ、生き残り」

土方さんの言葉は、容赦なく俺を突き刺す。

「…俺を護って死ぬんだろ、ったく総悟のバカ。バーカバーカ切腹なんか怖くて出来ねぇくせにバーカ死ね総悟、あ、でも死ぬのは禁止」

俺は切腹より何より、さりげなく飴を放る土方さんが死ぬことが一番怖い。

「…俺が死んだら、よろしく頼むわ隊長さん。てことで、気にすんなと言いたかったわけだけど」
「…お気遣いありがとうごぜぇやす」
「疲れてるなら慰めてやろうか、総悟君?」

笑って新しい煙草を取り出した土方さんに、無意識に飛びついていた。
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