お話3

□痛い
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こんなところで人を叩き起こすのは自分がはじめてだろうと銀時は思うものの、汗ばんだ手は情けなく震えていて、がくがくと怪我人を揺さぶっているのだ。コラ起きろ!なんて自分でも驚くくらいの焦った声がでて、余計に怖くなる。

病院の真っ白な壁は、なんだか恐ろしい。

「いっ…たい痛い痛い痛いっ…」

最後に小さく「しね」と呟いて、土方のまぶたが上がった。銀時の声で、というよりも、その揺さぶられる痛みから目がさめたようだ。

ちょっと斬られただけだ、と沖田は駆けつけた銀時に他人事のようにのんびりと言っていたが、電話を寄越したのは彼である。大したことではない、というわけではないはずだ。
そんな傷を受けたのだから、絶対安静であったのだろう、でもベッドの上に大人しく横たわっている土方を見ると、ここが病院だということも忘れて怒鳴ってしまった。

起きろ、と。普段は眉間にしわがよっていて無愛想な顔が今日は穏やかで、子供みたいにすやすやと眠っているものだから、そのまま起きないのではないのかと思ってしまって。血の気のない真っ白な肌に真っ白な包帯、それが真っ白なベッド、土方が吸い込まれてしまいそうで怖かった。

「…起きた」
「なにしてくれてんだテメェ」
「あ、悪ィ」
「んだそれ、点滴の針ぶっ刺すぞ」
「…元気じゃねぇか」

よかった、とため息をつく銀時を怪訝そうに見る土方だが、揺さぶられていた身体を優しくベッドにもどされて、少し戸惑った表情をした。

「…お見舞い、…か?」
「そうだよバイクむちゃくちゃ飛ばしたっての」
「いつものことだろうが」
「お前が死にかけるのはいつだろうが心配するに決まってんだろ」

顔の横に手をついて覗き込む銀時を、下から土方がゆったりと見上げる。だが余裕のない銀時とは対照的に、どことなく嬉しそうな顔だ。

「…おちゃ」
「…は?」
「俺のこと心配してんだろ、お茶、そこにポットあるから」

怪我人の言うことに逆らうなんてしないよな、と銀時の下にいるくせに見下ろされたような感じがする。銀時としてはこの半分土方に乗り上げた状態のまま片時も離れず様子を見ていたいのだが、そのような命令をされては言うことを聞くしかない。

本当は、もっとどっしりと構えた方がいいのかもしれない。俺の土方なら大丈夫、ちょっとやそっとのことじゃ死なない、と。…信じていないわけではないが、やっぱり心配だ。死にかけるような仕事なんて辞めたらいいのに、と愚かなことを考えてしまうのだ。それが一番土方の嫌うことなのに。

「ハイどーぞ」
「冷たいのがいい」
「あぁ?氷なんてねぇよ」
「俺いまだに猫舌治らねぇの、どうにかなんねぇかな」
「その格好でよく言う」

貧血で気分が悪いのか、辛そうな息を吐くのだ。それも茶を用意する銀時が背を向けている時に。 こんな時にまで人に気を遣わなくてもいいのに。だから銀時は心配する。

「俺、壁が白いのやだ」
土方がじっと天井を見詰めながら言う。
「なんか、じっと見てたら赤くなってくる」
「…うん」
「…さすがにちょっと血ィ見すぎたかな」

怖い夢見たらやだなあ、と笑う土方が、消えそうだ。白に溶けて消えそうだ。真っ赤になって、でも肌は真っ白になって、消えそうだ。
声は聞こえる。その整った顔もちゃんと見えている。でも確信がない。天井を見る土方の目をちゃんと見ていない。

「…ひじかた」
「なに、…いっ…!ってぇだろうが触んなっ!」
「……生きてるな」

銀時を睨む目は真っ黒、どうせ吸い込まれるならこっちの方がいい。

「…生きてるよ」

点滴していない方の腕を伸ばしてくる。力のない手をしっかり受け止めて、顔を近づけて首にまわしてやった。

「ばっかじゃねぇの、退院したらパトカーでお前のバイク撥ね飛ばしてやる」
「俺じゃなくてありがてぇな」
「もっと感謝しろ」
「生きててよかったよ、…有り難き幸せにございます」
「…そんなに心配なら、」

自分で確かめたらいいだろ、と息のかかる距離で土方が呟いた。その温かい吐息に安心して、ぎゅうぎゅうと抱きしめた。

土方は、また「痛い」と困ったふうに笑って、ちゃんと生きていることを伝えてくれるのだ。

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