お話3

□幸せにようこそ
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目の前に座る少女は、得意気に足を組んで。

「だからトシちゃんもはやく腹くくれヨ」

ぽかんと口を開けている土方だが、神楽は、当たり前のことを言った、とでもいうような平然とした様子でコップのなかの氷をいじっている。
ファミレスでする話とは随分かけ離れていた。いやファミレスのなかでなくても、こんな真っ昼間じゃなくても、常識的に、おかしい。

「だって銀ちゃんが」

お宅の銀ちゃんは一体なにを考えていらっしゃるのだ。
土方は一つため息をついて、煙草に火をつけた。

銀時が土方と結婚するつもりらしい、それはもう本気で。
見回り中にファミレスに引きずりこまれた。とんでもない力で土方を引っ張っていった神楽が、席につくなりそんなことを言った。
深刻な顔でもなく、かといって世間話をする様子でもなく。しかし、式の話や招待客の話など、口から出てくるのはあり得ないことばかりで、土方は適当に返事をして聞き流そうとしていた。だが神楽があまりにも本当のことのように話すものだから、少女のおままごとに付き合っている感覚でもなくなってきて。

「ドレスか?あ、やっぱ白無垢?でもトシちゃんならどっちでも似合うヨ」
「…あの」
「ドレスなら私、あのスカートのすそ持つ人やりたいアル。それかスピーチとか」
「…だから、俺は」
「トシちゃん、今度からは坂田副長アルな、警察手帳かえないとな」

ああもう、と土方はテーブルに突っ伏した。
やっかいな奴に捕まってしまった。今回ばかりは銀時に頼りたい。早く来て神楽を持って帰ってくれ、とこの場にいない銀時に願うのだが、向かいに座っているのは相変わらず目を輝かせている神楽だ。土方が万事屋に来ることを一切拒まないから、余計に面倒である。

「どうしたネ?」
「どうしたも何も結婚だなんだ訳わかんない話すんな」
「まあ銀ちゃんだって最近ずーっと結婚雑誌読んでるアル、そう簡単なモンじゃないヨ」
「だから無理だって」
「無理かどうかはやってみなきゃわかんないだろ!」
「その前にできませんから!」

銀時に頼るのはやめた方がいいらしい。結婚雑誌だって?バカじゃねぇの、と頭を抱える土方だ。でも男同士じゃないかという話をしても、銀時は、事実婚でいい、とか言い出すのだろう。

「銀ちゃんはできるって言ってたネ」
「それは嘘だ忘れろ」
「トシちゃんは嫌アルか?」
「なにが」
「銀ちゃんの嫁になるのは嫌か?」
「いやだ」
「またまたー嘘ついてー」
「…いやです」

言いながら、分が悪そうにむすっとふくれる土方を見て、途端に神楽はにやにやと嫌な笑みを浮かべた。

「そうかそうかトシちゃんは私や新八のマミーになるのも嫌アルか」
「それは…」

楽しいだろうな、と心のなかで呟いて、土方は窓の外に目をむけた。
兄弟だろうか、母親が元気よく走りまわる二人の子供を追いかけていた。本人はやんちゃな子供にうんざりしているだろう、でも、あんなふうに生き生きとしているのは、楽しいだろう。

少しだけ、普通に生きてみたくもなった。べつに刀を振り回すのは嫌いじゃないし、自分にはそれくらいしか取り柄もないし、今に不満はないが。
全力で斬り合いをするのはある意味で一番生き生きとしているのかもしれない。生死の境目をうろちょろするのは、あの親子より生を感じることができるだろう。
でも、一緒にご飯を食べたり、買い物をしたり。そういう小さな幸せは、あまりよく知らない。土方が知っているのは、ああ生きてた、よかった、それくらいだ。
真選組が嫌ではないのだ。大好きだ。でも、一度でいいから、副長から何から全部忘れて、家族だんらんをしてみたかった。そんなことを思うなんて、副長失格だろうけれど。

「私は、銀ちゃんにはトシちゃんが必要だと思うヨ」
「なんだよそのベタなセリフ」
「ふざけてるんじゃないネ、だってバカみたいにトシちゃんのこと考えてる銀ちゃんって、すごく」

身を乗り出して力説する神楽の横から、手が伸びた。そのまま土方が飲んでいたコップをとって、ストローに口をつける。

「んーやっぱりシロップ入れよ」
「よう銀ちゃん!未来の旦那様!」
「ありがとうございます、ありがとうございます、坂田銀時、憧れの所帯持ちまでもうすぐです」

隣に座ってきた銀時は、選挙立候補者みたいに片手をあげ、ファミレスの店員にむかって手を振っている。曖昧に返事をされているが、やけに嬉しそうな顔をしていた。
―トシちゃんのこと考えてる銀ちゃんって、すごく。
すごく、幸せそうなんだろう。自意識過剰ではないけれど、土方はなぜか確信をもってそう思えた。

「…甘っ」
「これが旦那のアイスラテの味だ、覚えなさい」

うるさい勝手に他人の飲み物に手をつけやがって。
銀時が間接キスだなんだと騒がなくなってきたあたり、所帯染みてきたなと自分でも思う。なんてこった。

「トシちゃん花嫁ノートでも作るか?」
「土方なんで神楽といたんだ?俺というダーリンがいながらだな、そういうつもりならだな、」
「トシちゃんとファミレスデートしてたヨ」
「なに、俺のライバルが神楽だと?」
「ヘヘッこりゃ早いとこ嫁にしないと危ないぜ銀ちゃん」
「よし、なら明日から必死で働いて指輪買うか」

窓の外にいた親子が目の前にいるようで、土方は思わず視線をそらした。自分にはおよそ似つかわしくない光景だ。小さな幸せがいっぱい詰まった会話だ。
その幸せを知ってしまうと、もう生き方がわからなくなってしまいそうで。

「どした土方、マリッジブルーか?」

うつむいた土方を覗きこんで、銀時が真面目な顔でそう聞く。

「大丈夫だって、俺ちゃんと勉強してるから」
「…俺はテメェなんかと結婚しねぇ」
「…どこまで本気?それツンデレ?それとも本心だと思った方がいいのかな」

困ったように笑う銀時を殴り飛ばしてやりたかった。
どこまで本気?ふざけるな、お前はどこまで本気なんだバカ。いつものお遊びじゃないのか。男同士だっていってんのに。俺は副長なのに。明日のシフト組まないといけないのに。こんな幸せに浸ってる場合じゃないのに。

いくら頑張ったって、万事屋みたいな家族を感じることなんてできないのだ。だからその気にさせないで欲しい。期待させないで欲しい。今のままで十分だから、もういい。
これ以上なんて、自分には大きすぎて、重すぎて、戸惑ってしまう。

「トシちゃん、さっきも言ったけど銀ちゃんは」
「本気だ」
「な、私も本気でトシちゃんをマミーにするつもりだもんな」
「おう、新八だってな、ご飯当番を土方と二人で交代でするとか言ってて」
「トシちゃんの味はお袋の味ー」
「俺、醤油かけすぎて土方に叱られてぇ」
「銀ちゃん、今度から十四郎って呼ぶヨロシ」
「そうだな、てかまず土方の屋号呼びをどうにかしねぇと。…な、十四郎?」

土方はぎゅっと目をつむった。泣いてしまいそうだった。知らない幸せをいっぺんに押しつけられて、怖かった。

「…ファミレスで申し訳ないんですが、十四郎くん」
「いけ銀ちゃん!」
「いっ一生幸せにいたしますので」
「…っだ」
「俺と結婚してくださいませんか」
「…やだっ…」
「なんで、ホラ俺沖田くんのバズーカから守ってやるよ、あとゴリラの捜索も手伝うし、ジミーが素振りしてたらラケットだって折ってやる。副長辞めろなんて言わねぇし、まあ怪我してきたらちょっと怒るけど、あっそれは今も同じか」
「トシちゃん、銀ちゃんは金がないだけであとはイイ奴ネ、私が保証するヨ」
「…それでも、嫌か?」
「…おまえ、」

俺をどうしたいんだ。できもしないことを、それも幸せすぎて訳がわかんないことを言いやがって、勝手に舞い上がらせて。そんな、意地悪すんな。

「…結婚なんて、んなの俺には」
「じゃあ約束でいいよ」
「…なに」

顔を上げて土方が見た銀時は、やっぱり幸せそうな表情で、優しく笑っていた。

「結婚じゃなくていい。約束だ。俺は旦那、土方は嫁。たまに万事屋にくる、んでご飯つくる、お前は俺の健康を気にして、俺は真選組の活躍を毎日チェックする」
「トシちゃんは子供の教育に悪いものを私に近づけないで、いい子にした時は酢昆布をご褒美アル」
「あーなんだそのご褒美、じゃあ俺もいい旦那になったら土方をご褒美だな。あとはーそうだ、俺を銀時と呼ぶこと、気持ちは坂田十四郎になること、お前が死にかけたら俺が駆けつけるから糖分だけは許してくれ、俺もマヨネーズ我慢するから。あと煙草より俺を優先しろ」

ただの口約束だから、重く感じなくていいよ、と。でも少しだけ、家族に近づいてみよう?
そう銀時に言われて、土方は喉の奥が苦しくなるのを感じた。同時に、心もぎゅっとつかまれたように痛い。うまく息ができなくて、銀時の肩に頭を押しつけた。
幸せって、こんなに大変なものだったのか。こんなに、嬉しくて、苦しくて、あたたかくて、痛くて。

「ハイゆーびきーりげんまん嘘ついたら夜は寝かせねぇぞーっと」

背中をさすられながら、あやすように、耳元で大好きな声が約束を結んでいく。

「大丈夫、俺が旦那なんだからさ、なんも怖いことねぇよ」

その自信はどこからくるんだ、と反論してやろうと上をむいたら銀時と目が合って。

「坂田さんファミリーにようこそ、幸せにするよ」

ちょっとだけ、泣いてしまった。





****
単行本派の私涙目ってやつですが、本誌で銀土がそういうことらしいので…結婚ネタです。ちょっと甘ったるかったかしら…汗
新八くんが行方不明なんですが、ファミレスのどこかで山崎さんあたりとビデオを撮っています笑 結婚式で流す予定です。

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