お話3

□慌てる男、笑う男
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オホン、と銀時が咳払いをした。拳は口の前に、お上品な顔をつくって、どこの紳士を演じているのだ、と土方は思わずくすくすと笑った。
待ち合わせ時間には少し遅れてしまったが、この調子なら怒られなくてすむだろう。なんせむこうにとっては念願のデート、なのだから。

「え、えー…今日は、てっ天気がいいですね土方くん」
「そうか?かなり曇ってるけど」
「…こちとら一時間前からずっと待ってんだけどな。その返しはどうかと思うね」
「ハイハイごめんなさい」

宴会場の下見、とでも言おうか、何でもあの将軍様が下町の様子をみたいと言ってきたらしい。また真選組に白羽の矢が立ったわけだが、その見学会の最後に宴会をすることになったらしい。いい店を探してこい、と屯所から追い出された土方が、珍しく万事屋に電話をした。

それはデートということだな、と何回聞かれたことか。ただの仕事だと言うと後が面倒なので、大人しく頷いた土方である。

「経費が落ちるとか言ってたけどよ、ここは彼氏として俺が奢るべきだと思うんだけど」
「どっちにしたって依頼料渡さなきゃなんねぇんだからいっしょだろ」
「だーかーら、お支払いは普通彼氏って決まってんだろ」
「お前将軍が行く店だろ、万事屋破綻するぞ」

途端に肩を落とした銀時を見て、なんだか嬉しくなる。それほどまでに彼氏をやりたいのか、恋人という肩書きに執着してくれるのが土方は嬉しい。こだわりがあるのかどうかは知らないが、自分が愛されているのはよくわかる。 理想的な彼氏になろうとして頑張っている銀時の姿を見るのも楽しい。

ならとんでもなく高い店を紹介してやる、と歩き出した銀時が、きまりが悪そうに頭をかいていた。

「なに、なんかご不満か」
「…あー…」

頭をかいていたその左手で、連行でもするように土方の手をとった。そのまま足早に歌舞伎町を進んでいく。

あぁ、と合点がいった土方だ。どうやら銀時は手を繋ぎたかったらしい。相変わらずの男だ、デートというものはそんなに目標があるものなんだろうか。
いちいち細かく彼氏としての目標を決めていそうな銀時の後ろ姿を見ながら思わず吹き出してしまいそうな土方だが、彼の耳が少し赤いのを見て、くすぐったい幸せに包まれてしまった。こんな歳になって、初めてのお手て繋ぎ、みたいな空気なんてごめんだ。

「…わ、すげ」
「だろ?俺むちゃくちゃ調べたからな」
「なあ、宴会しようぜ宴会」
「あれ、仕事じゃなかったんですか副長さん」
「いい、下見で宴会リハーサルだから」

銀時のことだから、きっと柄の悪い店でも紹介するのだろうと思っていたが、連れてこられたのは落ち着いた、趣のある店で、年のとった上品そうな女将がゆっくりと頭をさげる店だった。

運んでこられた会席料理は、やっぱり見たこともないような豪華なものだったようで、向かいに座る銀時はぽかんと口を開けたままで固まっていた。しばらくして我に返ったのか、ガツガツと頬張る姿はため息をつきたくなるものだが、この店を知ることができたのも彼のおかげなので見て見ぬふりをする土方だ。

「高っけぇだろうなーこんな豪華なとこなら紋付き袴でも着てくりゃよかったか」
「そうだな、一般人にはちょっと敷居が高かったな」
「てんめぇ幕府の狗だからって調子こいてんじゃねぇぞ、テメェらは俺達の税金で生活できてんだからな」
「そういうのはちゃんと税金おさめてから言ってくださいね」
「うるせぇなコノヤ…」

急に静かになった銀時を上目遣いに見ると、とぽとぽと銀時の杯に酒をついでいた土方を眺めながら、悪態をつくはずだった口が半開きのまま停止していた。

「…なにか」
「いっや…う、うむ」

頷きながら親父のようなことを言って、杯をとる。土方はとうとうこらえきれなくなって吹き出してしまった。

「なんだお前、熟年夫婦か、おっさんみてぇ」

けらけらと笑う土方に、顔の赤い銀時は杯に手をおいたまま、何かに耐えるように俯いている。
どうせまた「夫婦」だとかいう単語に反応しているのだろう、バカな男だ。

そのバカな男が、どうやら自分は好きらしい。自分の一挙一動に翻弄されて、必死に取り繕う銀時の姿を見ると、土方は安心する。ただでさえ大きな銀時の愛情を、もっともっと感じることができるからだ。好かれているという事実を確認する方法は、よく知っている。好きだという合図を送る方法も、ある程度。

「なあ」
「なっなに?」
「これ、美味いな」
「あぁそりゃ銀さんがそれはそれはすばらしい顔の広さを駆使して見つけた店だからだな」

褒めてほしいのか、さきほどの様子とはうってかわって得意気に胸を張る。

「でも、お支払いは幕府、と」
「いつもの店じゃちゃんと俺が払ってんだろ!」
「五回に一回くらいじゃねぇの」
「じゃあホテル代は俺だ、万事屋を提供してんのは俺だからな、あれホントは万事屋一泊十万はくだらないんだよね」
「あぁそう、なら結構」

この男にまともな収入ができるのはいつになるのだろう、と土方は考えながら自然と笑ってしまうのだ。「いつ」を気にするなんて、万事屋が繁盛するまで自分は銀時の隣にいるつもりなのか。我ながらなんとも平和で呑気な思考だ。だがそれが嬉しい。

「将軍様のお会計なら、飲み代何回分なんだろうな」
「さあな、まぁ副長さんの給料積んでも足んねぇだろうけどなァ」
「なんだそれ、嫌みか」
「あまり土方と経済的な差はつけたくないからね」
「ヘェ、それなら」

いつかこの店でお前に奢ってもらわないと、と土方は少し頬を染めて言う。こんなことをいうのは恥ずかしいが、それくらい長く一緒にいられたら、と思うのだ。銀時ではないけれど、そんなこだわりは、土方にもある。

「はっ!?…え!?なにっ、え?」

明らかに狼狽している銀時を見る限り、期待はできそうだ。

「よろしくお願いしますよ、銀時さん」

こつんと杯をあわせると、銀時の方だけ酒がはねたから、土方はまた吹き出した。どうもこの男といると、自分は笑ってばかりいるらしい。

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