お話3

□ぜっさん!
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ガキっぽいからやだって、煙草をふかしながら、あの人は子供みたいにそう言った。

あの人というのは、俺の数学の教師で、土方先生とかいうのだけれど、とにかく、俺が好きな人だ。それは恋愛対象だという意味の好き、だ。面食いの俺は、男とか先生だということを全く気にせずに、ただその美人な先生に恋をした。外見よりその案外可愛い中身に惚れたのはすぐだった。
男。それも眼鏡をしてて真面目そうでクールだけどたまに面白いことを言う、授業だってわかりやすくて楽しい、当然女子どもが放っておかないようなイケメンで、カ、ン、ペ、キ、な先生。俺はその人を、落としてやろうと、落とせるモンだと、勝手に思っていた。

「先生ェなんで未成年者は煙草吸っちゃだめなの」
「身体に悪いから」
「じゃあなんで先生は俺の前で副流煙も気にせずにスパスパ吸ってんの?煙草そのものより副流煙の方が有害だって今時そこらの小学生でも知ってるぜー」
「嫌ならそっちが俺から離れろ、金輪際近寄んな」
「ハハッひっでー」

言いながら、離れていかないでと、先生の顔にそう書いてある、というのは俺の可愛らしい妄想で、先生は本当にうっとうしそうに煙を吐いた。

先生は、簡単に落ちた。好きだから付き合ってくださいと言ったら、まぁ今までそんなに絡んだこともない俺が告白したのも変だったろうけど、あっさりとお付き合いを承諾した。
男同士なのにいいの、と問えば恋愛に性別は関係ないんじゃありませんか?と冷めた表情で道徳を説いた。 後に先生が両刀だということを知った。それもネコの方だと先生はなんのためらいもなく言った。確かに色気の塊みたいな人だから、男にも言い寄られるのかな、俺みたいな男に。

先生は、別段俺のことが嫌いというわけでもなかったらしくて、しつこく教員の休憩室に通う俺の相手もしてくれた。もちろん今みたいにうっとうしがられているわけだけど、追い出しはしなかった。

「なぁ先生、なんで俺と付き合ってんの、この学校に可愛い女子いねぇの?」

先生が生徒の俺と付き合っていることはもちろん周りには秘密だけれど、あんなに簡単にオッケーを出したのだから生徒との恋はあまり抵抗もないんだろうと思って、そんなことを聞いてみた。

「ガキっぽいからやだ」

自分が特別扱いをされたような、お前は大人っぽいと言われたような、そんな気分がして、俺は有頂天になった。すぐに落ち込むのだけれど。

「お前もやだよ、高校生なんて子供っぽい」

じゃあなんで俺と、と言えば間髪入れずに「セックスがうまそうだから」、と言った。

「なにそれ、先生のえっちー」

俺は、先生とまだセックスをしたことがない。というより、まだ抱かせてもらっていない。先生の家に行ったことは、いや強引に押しかけたことは何度もあるけれど、キスまではいってもそれ以上はさせてもらえない。
高校生に掘られるなんて屈辱、と先生は言うけれど、そんな理由で俺と付き合っているのなら、屈辱もなにも関係ないだろうに。まして、生徒と付き合うこの人にそんなモラルがあるとも思えない。

俺は先生が好きだ。確かにその綺麗な顔だって好きだけど、中身も全部、先生が好きだ。
酒が入ったらほんの少し甘えたになるところとか、テストの点数の横になんの遠慮もなしにバカと書いてくるところとか、俺の背が伸びて先生と同じ目線になったところとか、お前のとりえはキスがうまいことくらいしかねぇなと俺にとっちゃ誉め言葉をくれるところとか、とにかく先生が好きだ。
だから、いくら先生がキスで喘ごうが生殺し状態になろうが、先生には抱くなと言われたから、無理矢理襲うなんてこともしていない。

「どうせお前らの頭ん中そんなことしか入ってねぇんだろ、この間ロッカーからいっぱいエロ本出てきて職員会議あったし」
「しょうがねぇじゃん、高校生だもん、若いんだよ」
「そ、高校生とすんのも一興かなと思って。そんだけ。お前のことは別になんとも思ってない」
「えーうっそー俺はこんなに先生のこと愛してんのに」
「俺の外見の話だろ」
「失敬な、ちゃんと好きだよ全部。でも全然内面見せてくれないじゃん、もっとさらけ出してよ」
「微積分もわからないバカに言われたくない」
「バカだけどテクニックだけはあるぜ俺」

自慢じゃないけど、俺はモテる。相手にしてきた女は数知れず、というやつだ。高校生のくせにたいして勉強もせずそんな堕落した生活を送っている。両親は仕事でいなくて誰も叱る人間がいないから、好きに生きているのだ。
俺とセックスするつもりなら、コンドームくらい自分の金で買えよ、と前に先生に言われた。あまりにもバカで笑ってしまうけど、俺はコンドームを買うそのためだけにバイトを始めた。不良も同然の俺を働かせるとは、さすが先生。聖職。ゴムはいっぱい買えたから早く抱かせろ。恋愛は心が大事だけど、さすがに思春期真っ盛りな俺が先生を前によだれを垂れ流し続けるというのも限界がある。

「坂田に抱かれたらな、お前一回抱いたら満足しそうだし、捨てられたらやだなって」
「心にもないことを!先生、もうちょっとしおらしく言ってくれない?嘘にしてももうちょっと本当のことっぽく言ってよ」
「嘘だから無理。…俺がお前に抱かれたくない理由は、…あーそうだな、ガキっぽいから」
「さっきと言ってること一緒だよ先生」

先生の目が少し泳いでいて、そんな先生の気持ちなんか俺はわからないけど、今なら襲えるんじゃないかなって、バカなことを思っていた。
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