お話3

□未来像、紋付きを添えて 2
1ページ/3ページ

マヨネーズを置いてきてよかった、と土方は安堵の息を吐いた。
目の前に座ったそよ姫様は、それはそれはお上品で高貴な、…姫なのだからあたりまえなのだけれども、およそ土方が触れたことのない種類の人間だった。
軽く頭を下げるだけで絵になる。幕府の連中はがめつい輩が多いが、さすが徳川家、いくら幕府とはいえ、まとっている空気が違う。思わず背筋が伸びた土方だ。

「今回は私のわがままにお付き合いくださりありがとうございます、そよと申します」

芋侍にそんな丁寧な言葉を使われても、と土方はため息をつきたくなった。日頃から隊士たちに、到底姫様の前では言えないような言葉を怒鳴り散らしている土方にとって、敬語さえ話しにくいというのに。

自分のことは俺って言っていいの、ワタクシとか言うべきなの。沖田と練習したのはあくまで見合いのおおまかな流れだけだ。しょっぱなからくじけそうで、もう帰りたい。

「…真選組副長の、」
「トシちゃん、ですよね」
「…は!?」
「あぁごめんなさい!神楽ちゃんがそう言ってたもので思わず…」
「いっいや別にトシちゃんでもなんでもいいんですけど、」
「よかった、私もうトシちゃんって言って怒られたらどうしようかと」

トシちゃんは怒ったら刀振り回して危ないと神楽ちゃんから聞いてましたので、とふわりと笑うそよ姫に土方は頭をかかえて叫びたくなった。お前は何をしゃべってくれてんだこのチャイナ娘!
余計に帰りたくなった土方だ。機嫌をそこねてはならないから好きに言わせておけばいいが、この様子ではとんでもないことまで神楽から伝わっていそうで恐ろしい。いい子ぶって真選組の好感度を上げようと思っていたのに!

「神楽ちゃんとは仲良しだと聞いたのですが」
「仲良し…そ、そうですね」

アンタと神楽の方がよっぽど仲良しなんじゃないか、面倒なくらいに、と運ばれてきた料理を目の前に土方は視線を落とした。
お互いの自己紹介はどこへいった、趣味のお話はどこへいった、ここにいない人間の話なんて、それもかなり面倒な奴の。アンタはお見合いがしたいんでしょう、と土方は手元にない煙草が吸いたくてたまらなくなった。

「でも神楽ちゃんによれば銀ちゃんとの方が仲良しだと」
「…は、い…?」

ギギギ、と音がするように視線を上げた。

「兄様にそう言ったら、なにか命を出してしまったようで、ご迷惑おかけしませんでしたか?」
「い、いえ、…大丈夫、です」

お ま え か。

あの変な命はお前のせいか!!
目の前で柔らかく微笑んでいるそよ姫に、土方はひきつった笑いしか返せない。
あんな風に隊内に知れ渡ったのも、いやそれは別に構わないのだが、とにかく先日の混沌は貴様が原因か、と土方の心で黒いものがぐるぐると渦巻くのである。沖田のあの腹黒さもなんとなく理解できた。

「あの、その、恋、とはどういうものなのでしょうか」

少し恥じらいながら、そよ姫が土方を上目に見る。

「は、…え、えと」
「周りからは年頃だから、などと笑われてしまうのですが、私、一度、恋とはどのようなものか知りたかったのです」
「…それをなんで私におっしゃるんですか」
「銀ちゃんさんとは夫婦の鑑みたいなものなのでしょう?」
「いっいえ、あの、男同士…」
「そんなもの、何を気になさるのですか、私は恋愛に性別は関係ないということをよく教えて頂きました、」
「っ神楽に…?」
「ええ、私は以前からトシちゃんに憧れておりましたから、素直に応援いたします」

神楽ちゃんは二人のことを幸せそうにお話ししてましたよ、と目を細めるそよ姫を見て、先程のどす黒いものがスッと引いていくのを感じた。

夫婦の鑑、だと。まさか自分と銀時の仲がそんな風に言われるとは。その上お姫様に衆道を知られて、しかも応援されてしまっている。
くすぐったい喜びが、土方をつつんだ。恥ずかしくてたまらない、けれど、どうしてか誇らしい気持ちになる。夫婦だとか言われて、少なくとも嬉しいとは確実に感じている自分がいる。
銀時相手には、土方の性格ゆえになかなか自分の気持ちを伝えることはできない。ちゃんと好きだということが、伝わっているのだろうか。土方は時々不安になっていたのだ。
しかし、周りから―もちろん神楽や、先日だって山崎も言っていた、沖田も、二人が仲良しだと見えるのなら、それなりの関係は築けているのだろう、ふぅと一つ息を吐く。

しかしこの土方、銀時を前にして、周りから見れば相当のハートを飛ばしていることには全くもって気づいていない。

「あら赤くなっていますよ、トシちゃんは格好いいのも可愛いのも両方あてはまるのですね」
「かっ可愛いとか言わんでください」
「ほらまた赤くなった」

このガキが…!と牙をむきたくなるが相手は姫様、我慢せざるをえない。沖田よりたちの悪いお子様と会話しているようなものだ。

「恋とは楽しそうなものですね、あなたを見ているとそう思います」
「…そう、ですか」
「兄様が認めていますから、存分に銀ちゃんさんと恋愛してくださいませ」
「ハ、ハイ…」

この会話を銀時が聞いたら、途端に調子に乗ってバカなことをしだすだろう。これは内緒にしておかないと、と思ったその時、白い着流しが視界のはしっこにうつって、まばたきをした時にはカランと嫌な音が。

「ども、このたび土方の旦那さんになりました坂田銀時っていいます」
「あら、銀ちゃんさん!こんにちは、ずっと庭にいてらしたのですか?言っていただければお席をご用意しましたのに」

ならそうすりゃよかったな、と頭をかいて笑う銀時に、土方の頭は一瞬真っ白になった。縁側から飛び込んできて土方に半ば抱きつくようにしている銀時の着流しが湯のみにあたって、こぼれてしまったのだ。
あっ、と土方が小さく息だけの声を上げた時には、もう茶がそよ姫の方へ流れていってしまって。

「バカっ…!」
「ん?なに、え、ちょ銀さんの一張羅はぞうきんじゃ」
「っあ…」
「あぁ、お気になさらないで」

必死で銀時の着流しをとったが、そよ姫の着物の長いすそに茶が染み込んでしまった。

失態である。
お見合いに銀時が乱入、その上姫様のお着物を汚して。

「ってめぇ万事屋…!」

思わず怒鳴って、銀時を睨んだ。

「まぁまぁ落ち着いてお姫さんの前でしょうが」
「落ち着いてられっか徳川の人間相手にお前っ…」
「お気になんとかって言ってたじゃん大丈夫だって」
「お前はどうなろうが知らねぇけど俺は立場上大丈夫じゃねぇんだよ…!」
「副長クビになったら俺ンとこ嫁いだらいいだろ」
「んな理由で嫁ぐぐらいなら腹切るわ!」
「ならクビになる前に嫁いでおこう、よし今嫁ごう」
「ふざけんなっ!」

くすくす、と可愛らしい声がして、二人して目を丸くした。

「これが夫婦喧嘩というものですか、おもしろいですね」
「…姫様、お着物、本当に申し訳ございません」
「うわ、土方の敬語ちょー可愛い」
「いいんですこんなの」
「でも、弁償とか…」
「副長様とはいえあなたのお力でどうにかなる代物でもございませんので、これは私がお茶をこぼしたということで」

おもむろに湯のみを手にしたそよ姫が、にっこりと笑って自分の着物に茶を注いだ。

「あーやっぱり高級品なの、よかったな土方」
「…きっ…」

きゃああああ!!と叫んで、後はどうなったかよく覚えていない。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ