お話3

□最終奥義、坂田銀時
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万事屋開業以来、はじめての依頼だ。副長を抱いて、足腰たたなくしてやってください、なんて依頼。二、三度聞き返したが、電話のむこうのあの地味な男の依頼は依然かわりなく。
では明日、と昨日、一方的に切られた電話を、銀時は社長椅子にだらしなく座って、しばらくぼうっと眺めていた。
明日、というのは、つまり今日というわけだ。おかげさまで、遠足にいく子供のように、普段の銀時からは想像もできないくらいの早起きをして、窓からのぞく空がだんだんと明るくなるのを見ていた。その色の移り変わりが、銀時は好きだった。
夜明け前から、起きていた。

土方の誕生日だ。万事屋に引きずって嫌というほど愛してやるつもりが、仕事、の一言であっさりと断られた。相変わらずのつれない男、そんなところももちろん好きなのだが、やはり恋人の誕生日は、金はなくとも盛大に祝ってやりたいもので。

『土方くんとメイクラブ』

前々から土方の誕生日にはあれをするこれをすると言っていた餓鬼共に置き手紙をして、万事屋を出た。彼氏として、先を越されるわけにはいかない。



山崎は、電話の前で唸っていた。もうそろそろ土方の怒声が聞こえてくるだろうか、ずいぶんと長い間、電話の前で悩んでいた。

ここ数日の土方は、本物の鬼だった。黄金週間は、真選組にとってはなんの価値もない、多忙きわまりない週間なのだ。毎日あらゆる場所に駆り出されて、警備やら将軍様のお守りやら、もうへとへとだった。価値はない。ただし、土方の誕生日を除いて。

「まだ電話してねぇのかィ、早く呼べって」
「でっでも隊長…」
「諦めろィ、俺達の言うことなんて聞きやしねェ」

五日だけでも、なんとしてでも土方には休んでもらわないといけない。
いくら山崎が寝てくださいと言ったところで、うるさいと殴られるだけなのだ。それさえも今朝はなかった。無視、である。相当疲れているらしい。

万事屋に依頼だ。
そう言ったのは沖田だ。あの男の前なら土方だって言うことを聞くだろう。いや、聞かざるをえない状況くらいつくってくれるだろう。なんでもいいから、土方を休ませてくれるだろう、多少土方を抱くにしても。肩をすくめて言った。

「俺が副長の彼氏ならなァ」

電話のむこうのちゃらんぽらんは、土方という単語をちらつかせば一瞬でやる気にみちあふれた声を出す。そんな銀時にぽろりと出た本音、しかしものすごい勢いで否定され、自慢され、この人にはかなわないなあと、山崎はため息まじりに笑うのだ。

「では明日」

我らが副長の旦那さまがいらっしゃるのだ、盛大に歓迎しないと。よし、と頬を叩いて、山崎は隊士達に連絡をするべく立ち上がった。

祝うのは、銀時の後でも仕方ないか、と山崎は思う。
朝一番に副長室に走って、半分寝ている土方におめでとうを言うのは毎年の山崎の仕事だった。その後から、近藤や沖田につづいて隊士の行列ができる。土方を銀時に託すのは、それからだった。
でも、今年はもう全てを彼に託してしまおうかと。悔しいが、自分よりはるかにむこうの言葉の方が土方にとっては大切だ。自分は、後からこっそりと祝えばいい。
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