お話3

□かみかみ病
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土方に噛み癖があるなんて、思いもよらなかった。そんな、あまりにも子供じみた、赤ん坊のような、動物みたいな、癖があっただなんて。

土方は無口だ。いや、銀時が一方的に話しすぎているのかもしれない。だが、ここ最近彼と会話らしい会話をしていないことくらいには、土方に首ったけの銀時にもわかる。
相槌をうってくれるならまだいい方で、たいていは淡々と書類整理をする副長さまの隣に座って、あるいは抱きつきながら、銀時がべらべらと不毛な話をし続けるのだ。その話だって、半分以上がロマンティックな愛の言葉だったり口説きだったりするのだが。

でも、土方は、抵抗はしてこなかった。いくら銀時がぎゅうぎゅうと抱きしめようが、隠語をつぶやこうが、仕事のさまたげにならないかぎり、やめろともしねとも言わなかった。
ただひたすらに、無口であった。好きも嫌いも言わずに、銀時のすることを甘受しているのだ。
それには、さすがの銀時も少し不安になった。確かに、黙って受け入れてくれるのに愛は感じるが。
もしかして、自分は土方の感情を一つも動かさない、そんな人間なのだろうかと。彼の口から好きなんて言葉、自分は毎日数えきれないくらい言っているのに、聞いたことがない。そんなことより、銀時の名前だってめったに口にしないのだ。なんとも恐ろしい。

「それでな、着流しの袖がさ、ほつれかけてんだよ、土方くんもしかして引っ掛けちゃった?」
「…べつに」

煙草をくわえたまま紫煙をくゆらせた土方は、銀時をいちべつしただけで、またなにも言わない。「べつに」が、なんの別なのか、銀時にはわからない。

着流しの袖、なかなか気づかないような端っこ、小さく傷んでいた。使い古したような、いや実際に使い古しなのだが、そこだけがかなりダメージをうけていた。万事屋で土方を抱いた翌日に気がついて聞いてみたのだが、べつに、らしい。

土方の声は情事のときだけ、よく聞いた。銀時はその声だって大好きだった。

「なんでかな、もうこれ古いからダメなんかねェ、そのうち捨てなきゃなァ」
「捨てんな」
「…え?」
「捨てなくていいから」
「お、おう」

会話だ。これは会話だ。思わず目を丸くした銀時である。
着流しに執着するなんて、と銀時はまじまじと土方の顔を見つめた。いつもの土方なら、良くて「好きにすれば」だから。
見つめていると、もう一つ、驚くことがあった。土方の煙草がゆらゆらと揺れているのである。どうやら口の中で煙草をいじっているらしい。それ自体に驚いたのではなくて、そんなことを土方がしていると気づいていなかった自分自信に驚いた。

なんだかいてもたってもいられなくなって、銀時は煙草を取りあげて土方の口をふさいだ。
抵抗は、ない。

また驚いた。土方の口の内側が、少し荒れているのだ。炎症をおこしているのではなく、銀時の舌が感じたのは、ざらざらとした表面だった。いつもがっついているから、これも知らなかった。

「土方、口、どした?」
「なにが」
「荒れてない?」
「…あぁ、」

会話してる、土方と会話してる、という頭は置いておき、うなずいた土方につられるように銀時は首を縦にふる。

「…噛ん、でる」
「噛んでる…?」
「くせ」
「口んなか噛むのが癖?」

うつむいた土方は、そのまま何も言わずに、もとの無口な副長にもどった。
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