お話3

□一枚越しに、愛
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あーあ、やっちゃったなー、と言葉とは裏腹にずいぶんと楽しそうな土方の声が聞こえた。

「ザキーぞうきーん」

言われる時にはもう隣の山崎は雑巾を両手に持っていて、襖の前で待っている。今のカランといった音だけでよくわかったな、と銀時は呆れ半分のため息をついた。そりゃ確かに、中の様子はすごくすごく見たいけども。

局長室の前に、沖田と山崎、そして土方を夜這いに来た銀時が座っている。あいにく土方は今近藤が独り占めしていて、銀時は部屋の前でまだかまだかと待っているのだ。どうやら真選組のトップ二人は、仲良く呑んでいるらしく。

「…ちょ…の…顔…」
「どうしたィ山崎」
「…副長の酔った顔…!」
「こりゃだめだ、旦那ァ山崎から離れた方がいいぜィ、鼻血かけられまさァ」

うあああ、と鼻を手でおおって山崎がしゃがみこんだ。濡れた雑巾を持って帰ってきたあたり、先程の音は杯が倒れた音だったらしい。それでいてあんな呑気な声を土方がだしたとは、相当酔っているみたいだ。

ガハハハ、と近藤の豪快な笑い声が聞こえる。
銀時の背中にある襖と同じように、あの二人と、――近藤と土方が一緒にいるのと違って、銀時と土方の間には、薄い壁がある気がしてならない。

違う。ずいぶんと。
自分と近藤は、あまりにも違う。こんな、近寄ってはいけないような、神聖な、とでも言おうか、そんな空気は作れないのだ。ただ呑んでいるだけなのに、自分ならへらへらと割って入れそうなのに、それができない。局長室の襖一枚越しに、銀時がいる世界とは全く違う世界があった。

「あー酒少なくなってきた、ザキに頼もっかな」
「あんまりアイツをパシってやるなよ、トシ」
「ザキは俺のだからいいんだよ」
「副長!お酒ここ置いておきます!」
「ほら来た、ぜってー向こうで俺らの話聞いてんだぜ、気色悪ィ、ザキお前報告書はやく」
「はっはいィィ!」
「いってらっしゃーい」
「なら仕事の話はできねぇな、壁に耳ありとかなんとか言うし」
「アンタの口から仕事だって、どうせ真選組の情報幕府の連中にべらべらしゃべってんだろ、アンタ嬉しくなるとすぐしゃべるから」

この前だって、と土方が続ける。酒が入ると饒舌になるのか、ただ近藤と二人だからこんなに話すのか、いずれにせよ銀時にとってはあまり嬉しくはない状況だ。それでもここを離れないのは、やはり彼氏として二人を見ていたいからかもしれない。
近藤を前にすると、どうしても自信が消えていってしまうのだ。いつか土方は俺なんて忘れて近藤一本になってしまうんじゃないか、と。今だって近藤第一なのは変わらないのだが、銀時の分まで近藤にとられてしまうのではないかと、しかもそれがきっと土方自らそうしてしまうかもしれないのだ、恐ろしい。

「沖田くんさぁ、仲良いんだろ、入ってくれば」?
「んなの無理に決まってんでしょうが、あの二人と俺は違うんでィ」

肩をすくめて沖田が言った。

「まあ俺はここで二人の話聞いてるだけで十分、今さら割りこみにいこうとは思いやせん」
「うっへー沖田くんいい子ー」
「総悟くんいい子ー!」

すっと襖が開いて、急に土方の頭が出てきた。寝転んでいるらしいが、ニィ、と笑った顔は子供みたいな悪い顔だった。

「近藤さん、やっぱり盗み聞きしてやがった」
「こっち来て呑みますかって聞いてやれ」
「やだ」
「いいじゃねえか入れてやれって」

いやだよ、と襖を閉めかけた土方と、一瞬目があった。万事屋にいるときとは違う、屯所の、「真選組」の土方と目があった。銀時の恋人じゃなくて、近藤の右腕の、副長と。見えない壁の向こうで、土方がすっと目を細めるのが見えた。
こっち側に来んなと言われているような気がして。
土方、と言おうとしたときにはもう襖が目の前にあった。

「総悟はいらねぇとこでいい子になりやがるからなー」
「そうか?いつでもいい子じゃねぇか、たまにやんちゃするだけだろ」
「はあ?近藤さんいっぺん俺になってみろよ、やんちゃじゃ済まねぇぞアレ」
「いいのいいの、アレくらいでちょうどいいんだって、なんだかんだいってトシも総悟好きだろ」
「えー」
「だって仲良しじゃーん」
「じゃーんだって、まあ総悟は大好きだけど」

銀時が隣を見ると、沖田は興味なさげにアイマスクをつけていた。どうせ寝ているふりだろう、口もとが嬉しそうに綻んでいるのは見ていないことにしてやろう。
こんなふうに、三人は生きてきたのだろう、実際に見たわけではないけれど、そう思った。これが、真選組にあって万事屋にはないものなのだ。近藤や沖田が知っていて、銀時が知らないことなのだ。

「トシだって喧嘩になったら同じだろ、いっぺん俺になってみなさいホントに怪我ばっかしてきてもう」
「アンタが教育したからこんなんになったんだバーカ」
「あっ今バカって言った!トシのバカ!」

そのあとバカ、バカ、とおよそ真選組のトップには似合わないやりとりが続いて、あーという近藤のため息まじりの声が聞こえた。

「最近お妙さんが冷たくってさー」
「うげーコイバナってやつかよ、似合わねーハハハッ」
「なあなあ、今度デートに誘おうと思ってんだけどな、おすすめスポットとかねぇの?トシいっつも万事屋にどこ連れてってもらってんの?」

"万事屋"という単語に、うそだろ、と銀時が振り返った。振り返ったところで、相変わらずぼろぼろの襖があるだけなのだが。まさか、二人の会話に万事屋が、―自分が、出てくるとは。

「はあ?なんで近藤さんにそんな話しなきゃなんねぇんだよ、別にどっこも行ってねぇよ」
「えー非番のたびにバイク乗っけてもらってるくせにー」
「うるさい」
「いいなァトシはー頼れる彼氏さんがいてー」
「どこの女だよアンタ、てか万事屋の話は終わり、ハイ終わり」

女子のような話をしたと思えば、近藤が厠、と襖を開けた。

「おっ、なんだ万事屋も来てたのか、トシー」

んー、と土方のくぐもった声が聞こえる。
隣の沖田を見ればどうやら本格的に寝ているようで、いびきまでかいていた。二人の話題が銀時になったとたん眠ったのだろうか、薄情な奴め。

「なあ、やっぱり万事屋っていいデートスポット知ってんの」
「あァ?土方はデートなんてさせてくんねぇし、ウチぐらいだろ、デートスポットなんて」
「ほうほう、恋に場所は関係ねぇってことか」

なるほどなぁ、と酔って赤くなった顔でうんうんとうなずく。

「やっぱ万事屋ってモテる男なんだな、なんせあのトシを落としちまったわけだし」
「そうだよゴリラと一緒にすんな」
「…トシも変わったし、な」
「え?」
「なートシ、お前なんか変わったよなー」

一旦部屋にもどり、ずるずると土方を引きずって、肩まで廊下に出させたところで本来の目的を思い出したか、厠だ!と叫んだ近藤は廊下を走っていった。
銀時のすぐ隣に土方の頭がある。目を閉じているが寝たふりらしい。近藤の足音が消えて、はじめて目を開けた。

「…あんま無茶しなくなったな、って、言われた」
「ゴリラに?」
「変わったってのは、うそじゃねぇな」
「それはさ、いい方向に変わってるんだよな…?」

土方は目を細めて、くくっと楽しそうに笑う。手を重ねると、やんわりとにぎり返してきた。酒が入ると素直になるらしい。

「おかげさまで」
「…なぁ、やっぱ俺がここにいんのってまずいか」
「なんで、デリカシーの欠片もないお前からまさかのお言葉だな」
「ここにくるとさァ、なんか距離感じるんだわ、お前俺のことちゃんと好きだよな、まぁ近藤第一なのは知ってっけど、銀さんのこと忘れるなんてありませんよねー」

一瞬目を丸くした土方は、銀時の着流しを引っ張り顔にかぶせて隠れた。

「…あーもう、バカ天パ」
「なんだよ」
「屯所に、…近藤さんといるときに来てほしくねぇのは、…頭ん中お前でいっぱいいっぱいになるからだろ察しろばか」

今度は銀時が顔を隠したくなった。どんどん顔に熱が集まっていくのがわかる。こんな歳になってまで、思春期のガキみたいな雰囲気なんて、やめてくれ。
思っていた以上に、銀時の存在も、近藤には負けていなかったようで、自然と緩んでしまう口もとを手で隠して、一つ咳払いをした。

「けーっお熱いこって、土方さんアンタ俺が横にいながらよくそんなこと言いやすね、明日にはたぶん屯所中に広まってやすからご安心を」

下げたアイマスクから沖田の嬉しそうな目がのぞいた。

「げっ起きてたのかよ、あーもういいや、総悟ならいいし俺もう眠い寝る」
「開き直りやがったかィ、旦那ァ土方さん副長室まで運んでやってくだせェ、あとはどうぞご自由に。近藤さんには俺がいろいろと"のし"をつけて言っといてやりまさァ」

ん、と土方が半分目を閉じながら手を伸ばしてくる。だっこということか、よろこんで。
真選組の連中は―土方にひっつく銀時をよしとしないであろう近藤と沖田は、意外にも二人を応援してくれているらしい。それが素直に嬉しくて、銀時はかかえ上げた土方をぎゅうぎゅうと抱きしめた。

「おっ、これはこれは」

カシャ、と音が聞こえたかと思えば、厠からかえった近藤が携帯を銀時に向けていた。

「おーこれ使えるな、トシが怒ってどうしようもなくなったときにこれ見せて大人しくさせよう」
「俺にも送ってくだせェ近藤さん、拡大コピーして江戸中に貼っつけてやらァ」
「えっなに?江戸ごと万事屋とトシの恋を応援か?いいなーそれ」

万事屋効果でトシを丸くさせるぞーと呑気なことを言う近藤に、自分は土方の隣にいていいと言われているような気がして、なんだかたまらなくなって。

「テメェらァァ!これ俺のだから!これ俺の恋人さんだから!いいから写真におさめろォォォ!」

銀時に抱きついたまま眠ってしまった土方をかかえながら、屯所中を走り回った。隊士達の好奇の視線に囲まれながら、俺だって近藤みたいに土方を変えられる、と、胸を張って彼氏をまっとうするのである。







山崎さん究極のチョイ役になってしまいました…笑 

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