お話3
□歌舞伎町ぶらり旅 昼
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昼の歌舞伎町は、平和だ。もともと柄のいい地域ではないけれど、昼の歌舞伎町は、むしろのどかな雰囲気さえある。空は快晴、雲一つない。あたたかな日ざしと、人々の声。のんびりとした空気に思わず大きなあくびをした銀時だ。
依頼は相変わらずくだらないものばかりだ。いまごろ新八と神楽がペットのなんとかちゃんだとかいう犬を探しているのだろう。飼い主が持ってきた写真は可愛いげの全くない犬だったけれど。
そんな依頼はさておき、銀時は歌舞伎町をぶらついていた。あてもなく、ときおり甘味屋をのぞいて、旦那ァ今日もツケですかと親父に笑われて。
こう見えて人気者なのだ、やっぱり歌舞伎町は嫌いじゃない。
「ちょっとりあえず止まってくださいって!」
「オルァこの税金泥棒!逃げんなヨ!」
子供たちの声も聞こえてきて、平和だなぁと銀時はのびをした。
「土方さん!」
「え、土方?」
真っ黒い塊―土方か、それがこっちに走ってきている。そして、その後ろに小さく白いもの、そしてその後ろにー定春、これは大きいのでよくわかる。その後ろに万事屋従業員が走っていた。熱心に仕事をこなしているようだ、社長の身としては満足である。
「よろずやっ!」
「えっなに、なに土方」
「お前んとこの犬!ちゃんとしつけしてんのか!」
走ってきた土方は銀時の背中を押して、怒鳴った。しかしこの状態では、…まるで銀時の背中に隠れるような、そんな状態で吠えられたところで全く怖くない。もっとも、土方は吠えるというより猫みたいににゃーにゃー鳴く方が似合うであろうが。
とにかく、この黒い猫は、追いかけてくる定春から逃げていたらしい。大きいだけの犬が怖いのか、腰に刀をさしている副長さまの方がよっぽどだとは思うけど、と銀時は小さく笑う。
「銀さんそれです!捕獲してください!」
「あ?」
「探してた犬アル!」
「あぁ依頼人の犬…い、ぬ、…うそ、これか」
ガルルル、と銀時、いや銀時の後ろの土方にむかって唸っている犬ーというより化け物だ、珍しいのかなんなのか知らないが、これがペットとは、相当な趣味をしていらっしゃる。
赤い目に鋭い牙、闘争心剥き出し、狼やら虎やらを混ぜたような、けれど小さい獣だ。写真はあれでもかなり可愛くうつっている方だったのか、とにかくこれが、今回の失踪犬らしい。
その土方は、銀時の脇のあたりから犬を睨みつけていた。ガァッ!と犬が犬らしからぬ声をあげるとすぐに銀時の後ろへ隠れる。
定春ではなくこちらの犬に逃げていたのか、きっと失踪犬を見つけた定春が追いかけ回しているうちに犬が土方を追いかけ出したのだろう。二匹の犬に追いかけられる土方、なかなかにおもしろい。
「はいはいおすわりーおすわりねー」
「万事屋!しゃがむなって」
「なになに?バリアがなくなるって?」
「ちがっ…さだはるー…」
お前は盾があればそれでいいのか、とくつくつと笑った。定春の後ろで大人しくしている土方は、いつもより幼く見える。
神楽がよこしたリード付きの首輪をガチャリとはめて、今回の依頼は無事に終わった。相変わらず不気味に吠えている犬を神楽にたくして、銀時はまた歩き出した。
「土方くん犬苦手?」
後ろにいる犬から逃げるようにして土方が銀時の隣を歩いてきた。土方が自ら銀時に寄ってくることは珍しい。一気に嬉しくなる銀時だ。
「あれは犬じゃねぇしバケモンだし」
「俺からしたら可愛いわんこだけどねぇ」
「うっそ、…すげぇなお前」
素直に感心したらしい土方はそんなことを真顔でぽつりとつぶやいて、ハッとしてあわててそれを隠すように煙草に火をつける。
「副長さんのお仕事の方がよっぽど怖いと思うけどな」
「お前が言うか」
「そりゃあんな仕事しかしてねぇから」
「ふうん、…昔は相当だったんじゃねぇの」
歌舞伎町に来たついでに見回りでもしているのか、銀時と反対の方をながめながら土方が言う。さすが天下の真選組、なんでもお見通し、らしい。
そりゃあ、浴びてきた血の量は俺の方が多いけどさ。
敵をただ斬ってきただけの銀時とは違って、土方はもっと心が疲れているはずだ。いつか沖田あたりに聞いた話、仲間の粛清、とか。
怖いなあ、と銀時は思う。首なしの仲間だって怖いが、それに耐えている土方が一番おそろしい。いつか銀時に吐き出してくれるときがくるのだろうか。いつか、今までの分を吐き出して、楽になってくれるときがくるのだろうか。
「お前が攘夷戦争のヒーローとか、ありえねー」
「失敬な、これでも昔はイケイケゴーゴーだったんだからな銀さん」
「あっそ」
「白夜叉とか呼ばれてたんだからな」
「わーカッコイイかっこいい」
銀時と目をあわせようとしない土方の肌が、太陽に照らされてますます白く光っていて綺麗だった。こんな平和な日に、粛清だの攘夷だの、なんとも物騒なことを考えている。今はそんなことよりそこらに座って土方の横顔をながめていたいのだが、なんせ副長さんはお仕事らしいので。
「俺もお前くらい強かったらなー」
「土方も強い強い」
「うるさいしね」
「なんだと、あの犬つれて屯所行くぞコノヤロー」
「こっちには総悟がいるんだからな」
あれもあれで怖いけど、と土方が困ったように笑った。一瞬見とれた銀時はすれ違う散歩中の犬をあわてて避けようとしてバランスを崩す。それを見てふきだした土方の顔は、まだ見たことのない綺麗な笑顔だった。
「なんだ、万事屋ってけっこう弱いのか」
「あっあれだ、犬も歩けば棒にあたる」
「意味わかんねぇし、そのまま電柱にぶつかっちまえ」
コラ、と軽く土方の肩を押すと、びくりとはねて、しゃがみこんだ。
「いッ…ん、の、バカ!」
「えっなに、ごめんて」
「ああもう、…この前斬られたんだよ」
万事屋みたいにちょろちょろしてないから避けきれなかった、と自嘲するように笑った。
ちょうど、今の銀時のようなことか、似たもの同士とだれかが言ったけれど、犬を踏んづけるのと命を失うのはわけが違う。
「あー…怖かった」
それはあの犬が怖かったのか、先日の仕事が怖かったのか。そのことは銀時には教えていただけないのだろう。仕方ないか、と銀時はまた土方の横顔を、―少し、曇ったその顔を、見守るように見ていた。
いつか、そんなときが。自分を頼ってくれるときが。
「白夜叉さんが万事屋だって」
「なんか文句でもあっかコノヤロー」
「いーや、…やっぱ見かけによらず強いんだろうなって」
昼下がりの歌舞伎町を二人で歩く。一人は化け物を怖がり、一人は目に見えないものを怖がっている。一人は死に片足を突っ込み、一人はそれを怖がっている。昼の歌舞伎町は、そんな二人を黙って見ている。